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      <title>金沢お葬式情報　父親の葬儀</title>
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      <description>父親が亡くなって葬儀に関わった記録です</description>
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         <title>ほんこさん（報恩講）</title>
         <description>今日、ほんこさん（報恩講）がありました。仏壇に飾る丸餅と花と赤い蝋燭と赤い打敷を用意しました。

最初に正信偈を少し長めのを唱和しました。それで報恩講は終わりました。

その後で、月命日をするということで、蝋燭を白いのに交換して、別のお経をお坊さんひとりで唱えました。報恩講と月命日は一緒くたにするのかと思っていたのでびっくりしました。

お布施１万円と、寺の維持費６千円（年額）を包んだのですが、月命日とほんこさんは別ということなので、月命日の分の御布施２千円を別に包みました。ほんこさんの食事代は別に包まないでも良いと母親が知人から聞いたらしく包みませんでした。

打敷を卓のてっぺんに敷いておいたのですが、打敷は卓と天板の間に敷くのですよと教えていただきました。打敷を卓のてっぺんに置いてその上に蝋燭置いたのでは確かに危ないですものね

お餅は少し多めに買っておいて夕食にお雑煮をしました。</description>
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         <pubDate>Sun, 16 Nov 2008 22:01:28 +0900</pubDate>
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         <title>真宗大谷派の市民公開講座</title>
         <description>今日、真宗大谷派金沢教区主催の市民公開講座に行ってきました。金沢東別院で行われて無料でした。「南無阿弥陀仏の葬儀」という内容で４回行われ今回は３回目でした。今日は医師が講師で、医学から見た生きるということと死ぬということがテーマでした。１時間３０分の講座でした。

今日は食事が遅くなって、慌てて家を飛び出して、メモ用紙と財布を忘れて行ってしまいました。

医学は生老病死の四苦のうち、生と老病死を分断し、生は善、老病死は悪と考えるから労病死の対応ができない。生きる意味を考える上でで世間的に幸せになるという基準で考え、老病死をマイナス条件という基準で考えるので人間の一生は不幸の完成という見方しかできなくなる。
医療というものは老病死の問題について治療によって先延ばしはできるけど、根本的な解決はできない。
ある年齢になると、健康で長生きというより成仏という仏教的な考えをすることの必要性がある。死ぬことを心配して生きるより鷹揚に生きるのが良いのだけれど理性・知性・分別を基準に考えると老病死を否定する考え方しかできないので、なかなかそのような生き方ができない。
客観的事実に基づいた現代の医学では一断面しか見ることができなく、仏教的な視点による物語に基づいた医学により死んで行く事を受け取る文化が求められている。

人間として生まれた意味は現代の理性・知性・分別に基づいた考え方では理解できない。仏法的な考え方により、仏様に対してあまりにも小さい自分の愚かさに気づき人間に生まれてよかったという境地になることができる。仏法と関わることにより、死んでいくことはなんの心配もない、つまり死んでいくことは浄土に帰るという事に気づくことになる。死んだことで浄土に導いてくれる阿弥陀様に対するお礼が南無阿弥陀仏である。
清く正しくでは生きていけない先祖の過酷な人生があったなかでも阿弥陀如来の救いで生き延びてきて、自分達が生を得られたことに対する自覚の深さによって過去・未来の本当の意味が見えてくる。

仏教については理性・知性・分別による客観化した考え方では理解できない。仏は私人より遥かに大きい存在なので、疑いの目で見て理解しようとしても理解できない。

おおまかには、このような内容でした。






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         <pubDate>Wed, 05 Nov 2008 22:04:50 +0900</pubDate>
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         <title>ほんこさん（報恩講）の準備</title>
         <description>自宅のほんこさん（報恩講）が１１月１５日に行われるので、仏壇の掃除をして、打敷（赤と金の模様の）を出しておきました。</description>
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         <pubDate>Sun, 02 Nov 2008 20:20:25 +0900</pubDate>
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         <title>親戚の１周忌</title>
         <description>今日、親戚の１周忌の法要がありました。
礼服を着て、お供えの果物を持っていきました。今日の１周忌は食事はでなくて、引き出物も寿司折だけだということを聞いていました。
着くのが早くなったので法事に行く前に１周忌の親戚の墓参りをしました。
仏壇に赤い蝋燭と赤と金の鮮やかな色の打敷を使ってました。同じ浄土真宗でも本願寺派の場合は、３回忌までは白蝋燭と白の打敷を使うのが一般的のようですが、真宗大谷派の場合は赤い蝋燭と赤と金の鮮やかな色の打敷を使用するようです。
食事が出て、引き出物がある場合は１人１万円が一般的のようですが、こういう法要の場合の仏前にいくら包めば良いのか判断が難しかったので、他の親戚と随分相談して、１人の場合は３千円、２人で行く世帯は５千円ということにしました。黄色と白の紐のついた仏前と書かれた袋に入れていきました。
県外から来た親戚もいて、せっかく遠くから来たのにゆっくりできなかったという面もあったのですが、法事ってこういう形式で充分だと思いました。法事に出る側にしても、それなりに包まないといけないので、それなりに負担になる訳だし、質素な法事というのは出席する側にとっても優しい法事と言えます。
要は亡くなった人に対する思いがどうかという事なので、心さえこもっていればそれが一番ですから。
帰りに、親戚がお供えしたお菓子が分けられ、いただいて帰りました。
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         <pubDate>Sun, 26 Oct 2008 20:51:57 +0900</pubDate>
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         <title>ほんこさん（報恩講）について</title>
         <description>ほんこさん（報恩講）について親戚に聞いてみました。そちらの近所に同じお寺の檀家が数十軒あって、数人のお坊さんが各家庭を２日で周るということです。数十軒の家が当番制で（毎年担当を決めて）お坊さんへのご馳走を用意するそうです。以前は、お坊さんに大きな丸餅を３個、お布施と一緒に渡したそうです。
地域によっては当番の家にみんなが寄ってお坊さんの法話を聞いて、その後にみんなでご馳走を食べたそうです。
基本的には家族揃っておまいりできる日にするということで、家族揃っておまいりしないといけないそうです。</description>
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         <pubDate>Fri, 17 Oct 2008 21:22:48 +0900</pubDate>
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         <title>真宗大谷派の市民公開講座</title>
         <description>今日、真宗大谷派金沢教区主催の市民公開講座に行ってきました。「南無阿弥陀仏の葬儀」という内容に興味があったので行ってきました。金沢東別院で行われて無料でした。
１時間３０分の講座でした。

七七日の法要や百ヶ日、１周忌、３回忌の法要は十王経から来ているそうです。閻魔大王の審判がその時期に行われるので、追前供養をして生前の悪いことを帳消ししてもらうために権威者（お坊さん）に導いてもらうということでした。それに対して親鸞は権威者は不要だと唱えたそうです。
そういう親鸞が開祖の浄土真宗でも七七日の法要や百ヶ日、１周忌、３回忌の法要を行っているのは、どうしてなのか今度聞いてみたいと思いました。

浄土真宗は、どんな人でも死んだら佛菩薩（諸佛）になって、後生の一大事を気づかせる存在となるといことでした。
死んで佛菩薩になるのだったら閻魔大王の審判の対象になる事は無いと思うんだけど、浄土真宗として七七日の法要や百ヶ日、１周忌、３回忌の法要はどういう位置づけに考えているのか今度聞いてみたいと思いました。

後生の一大事というのは、生まれてから、いろんな事で思い通りにならなくて、理想とのギャップを感じるけど最終的には仕方が無いと諦めるしかなく自分が生きる意味に疑問を感じて自己不信（死んでも死に切れない）に陥る事が多いけど、それは娑婆世間での知恵だけで考えるからで、縁のあった人の死によって仏教（出世間の法）の本当の知恵に気づき生きる意味を知るということでした。

浄土真宗では冥福を祈るという考えはないそうです。冥土、冥界、冥福という世界があって、死後に、明るい世界である冥福に行ける事を祈るということなのですが、浄土真宗では死後に全ての人が佛になるので、冥福や天国へ行くという考えはないそうです。

現代の葬儀は主役は故人ではなく葬式を出す人になっていると主張されていました。葬儀で祭壇を飾り、花を飾るのは故人のためというより葬式を出す人の思い（娑婆世間での体裁）によって華美になっているということでした。ちなみに寺の関係者の葬儀は祭壇を飾らず野卓というものを使い、花も飾らないそうです。

葬儀で列席した人にして欲しい事として
１．亡くなられた人に一生長い間、よく頑張ってご苦労様と頭を下げる
２．たったひとつの同じものが無い宝物である故人の人生に縁をいただいたことにたいして感謝する
３．死を持って、終わりある人生をかんがえさせてくれることに対して感謝する
をあげてました。葬式とは人生の卒業式のようなものだとも言ってました。

浄土真宗での葬儀についての小冊子（３冊で３００円）が販売されていたので購入しました。

今回の市民公開講座は新聞の記事で知ったのですが、来月も含めて４回行われるようです。でも、当日、今後の予定表とかの案内は無かったですし、金沢東別院のホームページを見ても、今回の市民公開講座については何も掲載がありませんでした。あまり熱心とも思えないです。多分、広報誌を継続購読している人にだけ案内しているという感じなのだと思います。
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         <pubDate>Thu, 16 Oct 2008 22:00:28 +0900</pubDate>
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         <title>お寺とのつきあいは、いろいろと大変</title>
         <description>今日は月命日でお坊さんが来ていて、時間が合わなかったので会わなかったのですが、いろいろ話があったそうです。

「ほんこさん」という法要をしないといけないそうです。次の月命日にほんこさんをするということでした。仏壇をきれいにして赤い蝋燭をたてて打敷（うちしき）は金襴のあでやかなものにして、マル餅と松の入った花を飾るそうです。
ほんこさんって何かなと調べてみたら正式には報恩講というようで、親鸞の命日11月28日を中心にして、聖人の徳をたたえ、恩に報いる法要だそうです。知り合いから聞いた話では、お布施は１万円で食事代５千円包むそうです。

その他に、お寺を維持するための協力金を年額６千円払って欲しいと言われたそうです。

お寺とつきあいを続けるということは、いろいろと大変な事です。</description>
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         <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 22:50:30 +0900</pubDate>
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         <title>老人会の物故者法要　その後</title>
         <description>老人会の物故者法要が行われたようで、お世話の人が、お煎餅とタオルをもってこられました。
出席できないので気持ちだけで良いのかなと２０００円しかお布施をだしてなかったので、もうちょっと出しておかなければいけなかったのかなと感じました。</description>
         <link>http://osousiki.info/blog/2008/10/post_203.html</link>
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         <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 22:04:43 +0900</pubDate>
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         <title>墓に草がはえていた</title>
         <description>彼岸の時の花が枯れていると思い、片付けに行きました。花は枯れていたので片付けてきたのですが、墓の土の部分に草が生え始めていたので除草もしてきました。</description>
         <link>http://osousiki.info/blog/2008/10/post_202.html</link>
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         <pubDate>Tue, 14 Oct 2008 20:16:27 +0900</pubDate>
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         <title>老人会の物故者法要</title>
         <description>父親は老人会に入っていたので、老人会による物故者法要の案内がきました。
５年に１回、過去５年間に亡くなられた人を対象に法要を行うそうです。平日の日中なので出席できないのでお布施だけ渡しました。</description>
         <link>http://osousiki.info/blog/2008/09/post_201.html</link>
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         <pubDate>Tue, 23 Sep 2008 09:11:14 +0900</pubDate>
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         <title>彼岸の墓参り</title>
         <description>お坊さんが浄土真宗に彼岸の風習は無いと聞いていたけど、母親が、どうしても彼岸に墓参りするというので墓参りに行ってきました。午後に行ったのですが、お花をお供えした墓はちらほらで、墓参りに来ている人は少なかったです。
結局３箇所、墓参りしてきました。</description>
         <link>http://osousiki.info/blog/2008/09/post_200.html</link>
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         <pubDate>Sun, 21 Sep 2008 22:35:55 +0900</pubDate>
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         <title>紫雲閣は、なにかと行き届いていない</title>
         <description>今日、お通夜があったのですが、仕事がお通夜の時間ギリギリまでかかりそうだったので、礼服とかを自動車に入れて仕事に出かけました。
予想通り、仕事が長びいたので客先で着替えさせてもらってお通夜に時間ギリギリで到着しました。
参列者が多く、２階の別室での参列でした。２階の別室ではモニターが置かれていました。でも音響装置の性能が良くなくて、喪主の挨拶も明瞭に聞き取れない部分がありました。
僧侶は４人でのお通夜でした。西本願寺派の僧侶で４人とも、正信偈を本を見ながら唱えてました。
お通夜が終わって帰るときに、全員にパウンドケーキのセットが配られました。金沢では、こういうのは珍しいです。
駐車場に戻ると、通路まで自動車が駐車されていて、それらの自動車が移動しないと出れない状況でした。急ぎの用があって阿弥陀経が終わった時点で中座せざるを得ない人もいるだろうに、こんなところまで駐車させたら、出ようにも出られなくて、さぞ困っただろうと推測されます。
結局、駐車場を出るまで１５分以上待たされる事になりました。駐車場の整理にも行き届かなさを感じましたし、葬儀社として、こういう配慮の無さは信じがたいものがあります。参列者に迷惑をかけないというのが、葬儀社にとって守らなければいけない最低限のルールだと思います。普通の葬儀社なら、少し離れた場所でも駐車できるスペースを確保していると思います。
紫雲閣は、なにかと行き届いていない葬儀社だと思いました。</description>
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         <pubDate>Fri, 19 Sep 2008 21:58:41 +0900</pubDate>
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         <title>白山麓の葬儀は阿弥陀経もみんなで唱和</title>
         <description>今日、白山麓で通夜がありました。白山麓の通夜では阿弥陀経も皆で唱和するので、びっくりします。

お坊さんは１人でしたが葬儀にお坊さんは１人で十分だと思います。</description>
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         <pubDate>Tue, 16 Sep 2008 21:13:30 +0900</pubDate>
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         <title>浄土真宗に彼岸は無い</title>
         <description>今日、お坊さんの都合で月命日のお参りが早めに行われました。月命日のお参りの時間と仕事の時間が、なかなか合わなかったのですが、久しぶりにお参りをしました。

お坊さんと少し、話をしてたら彼岸の話になって、浄土真宗では彼岸は特別なものではなくて、特にどうこうするというものではないと言ってました。</description>
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         <pubDate>Mon, 08 Sep 2008 21:09:54 +0900</pubDate>
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         <title>同じ法話</title>
         <description>今日、仕事関係の通夜に行ってきました。
導師が先日、納骨合同孟蘭盆で法話をしていた僧侶でした。
正信偈が終わってから導師の法話がありましたが、先日の納骨合同孟蘭盆での法話と同じ法話でした。
正信偈の前に正信偈の本が配られた（貸し出し）のですが、式場の名前が入った本でした。</description>
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         <pubDate>Sun, 31 Aug 2008 20:20:21 +0900</pubDate>
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