●納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要があった
今日、父親の分骨を納骨したお寺で、納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要がありました。
前もって知り合いに聞いたのですが、平服でよくてお布施も2000~3000円で良いとのことでした。その他に各自のお骨に単独でお参りする時に1000円のお布施を渡すということなので、3000円と1000円を入れたお布施袋を用意していきました。数珠と正信偈の本も持って行きました。
駐車する場所が心配だったので、早めに行きました。やっぱり駐車する場所が少なくて、ギリギリ駐車することができました。受付で3000円のお布施袋を出して、供物(柄の長い蝋燭用のライター)をいただきました。受付ではお布施の額を記帳していて、見てみると2000円とか3000円とか5000円とか10000円とか、いろいろでした。本堂内では永代経代のお布施した人の名前と金額が書かれた紙が貼られてました。30万円とか50万円とかいう紙が何枚も貼られてました。
ちなみに永代経法要は6月に終わっていたようです。ちょっとホッとしました。
定時にお経が始まり、焼香をして、その後、みんなで正信偈を合唱しました。
それが終わると、他のお寺からきたお坊さんの法話があるのですが、法話の前に賽銭をもとめる籠をまわされ1人100円を籠に入れました。途中休憩があって、その時にまた賽銭をもとめる籠をまわされ再び1人100円を籠に入れました。
法話が終わり最後に恩徳讃という歌を合唱して納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要が終わりました。納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要はお寺に分骨した人全員を対象に毎年行われるようです。
そのお寺では分骨の納骨堂は本堂の地下にあるので個別に出したりお参りしたりはしないそうです。
今日の法話は、浄土真宗にとって法事とはどういうものかということでした。
浄土真宗では法事は亡くなった故人の霊を慰めたり、供養したりするものではなくて、法事に参加した人が、自分の生き方を考えるためのものだということでした。煩悩ばかりの人間も亡くなると同時に煩悩の無い仏となり、仏さんは決して生きている人間を見捨てたりしない。そういうことを南無阿弥陀仏、諸行無常という言葉で知らせてくれている。故人が亡くなって、法事があることによって、縁あって仏の教えに触れることができたことに感謝しないといけないというような内容でした。確かに浄土真宗のお経って、先祖供養するような内容でなくて、親鸞聖人とかの浄土真宗の高僧が行ったことを称えるような内容なんですよね。
確かに、そういう事も大切だけど、やっぱり先祖を供養して感謝するための法事という方が、感覚的にしっくりくるんですけど。
納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要は2時間くらいかかりました。
