●葬儀屋が病院に
ほどなく米永さん(葬儀屋)が病院に到着しました。葬儀屋から宗派の確認がありました。一応、浄土真宗の東ですと答えました。
葬儀屋は絹っぽい化繊の布団をかぶせてくれて遺体をストレッチャーで車へ運びました。俊は救急車で病院に来たので葬儀屋の自動車に乗って遺体と一緒に自宅へ帰りました。
自宅について、葬儀屋が葬儀はどこでされますかと聞かれたので葬儀もお願いしますと答えました。
葬儀屋は遺体を3階の座敷まで運んでくださり、その後南無阿弥陀仏の掛け軸も持ってきてくださり、人形のケースに大きい紙を貼り人形を隠し、布団の配置をしてくれました。絹のような化繊の白装束を着せられ、ドライアイスで冷やされました。祭壇の組み立てをして、ろうそくと線香の用意もしてくださり、焼香しました。
親戚が続々と集まり、今後どういうふうにするかを相談しました。
父親の実家のお世話で、僧侶の手配をしていただきました。僧侶は夜中にもかかわらず、おいでになってくださることになりました。
葬儀屋から布団の処分をどうするかと、受付を誰に頼むかなどを考えておいてくださいと言われました。
葬儀屋から葬式の祭壇のクラス(料金など)、参列者の予定人数と葬儀の部屋の大きさ(100人、200人、それ以上)、花の種類などの相談がありました。
また棺おけに入れる故人の思い入れのある品を選んでおくよう、また、おくやみの言葉を考えておくように言われました。祭壇に飾る写真も選んでおくように言われました。病院で渡された死亡証明書を葬儀屋へ渡しました。
それから親戚名簿を渡され、親戚の通夜・葬式・火葬場・中陰の食事での出欠の記入の依頼をされました。会場の大きさとかは、何人の人が参列されるか想像もつかないので、途方にくれましたが、まずは親戚の人がどれくらい参列されるかという事から数えていかないと前に進まないという感じみたいです。
しばらくたって僧侶がおいでになり、葬儀屋の布団の位置が間違っていたので直して、お経をあげてくださり焼香しました。
親戚の方に通夜・葬式・火葬場・中陰の食事での出欠の記入をお願いしました。
とりあえず、当日は親戚は帰宅しました。
亡くなったのが夜なので翌日に通夜は無理ということで、お日柄も考えて通夜は亡くなった2日後の17日にすることになりました。
