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2010年02月11日

●母の知り合いのお通夜に

今日は,母親の知り合いのお通夜に,運転手として一緒に行きました。葬儀は米永がやっていたのですが,駐車場の案内が不親切で,あれって感じだったのですが,通夜の途中でせきが止まらない参列者のためにのど飴を渡していたのを見て,やっぱり米永さんは気配りがあると感心しました。

2010年01月25日

●葬儀費用の透明化 イオンの葬儀ビジネスへの本格参加

イオンが葬儀ビジネスへの本格参加に向けて葬儀費用について透明な料金体系を導入したところ利用者が順調に増えているようです。
全国平均で葬儀費用が182万4000円であるのに対して類似の条件でイオンが請け負った場合、寺院費用を除いて平均で100万7千円ですむとのことです。
イオンが定めたサービスの提供に同意した葬儀業者と連携し、イオンが一括して利用者からの依頼を受け付け、業者を紹介するというシステムになっているそうです。

2009年12月04日

●香典を受け取らない通夜

お世話になった人が亡くなられ,通夜に行ってきました。新聞の死亡広告で香典を辞退すると書いてあったのですが,一応,用意していきました。
香典を辞退する葬儀の場合は記帳しなければいけません。記帳に時間がかかるので列が結構長くなります。記帳を済ませると,焼香は後にするように会場の係の人に言われたので,そのまま着席しました。焼香を最初に済ませるのは石川県のローカルな習慣で,日本全国ではルール違反なので,こういうのが本来のやりかたなのだと思います。
最初に正信偈を唱和して,その後引き続いてお経が唱えられ,その後焼香して最後に親族の挨拶という順番でした。
浄土真宗本願寺派の僧侶による葬儀だったのですが,正信偈のイントネーションが大谷派とも西本願寺派とも違っていました。正信偈はゆっくり唱えられ通常より長かったのですが,引き続いて唱えられたお経は短かったので,結果的に通常と同じくらいの時間でした。

短時間に集中しての焼香だったので,親族への挨拶は基本的に無しという感じです。

故人の遺志により簡素な葬儀を心がけたということでした。

2009年10月15日

●ほんこさん(報恩講)

今年もほんこさん(報恩講)の時期がきました。去年と同様,月命日のお参りのついでに,ほんこさん(報恩講)も一緒にということでした。

今年は仏壇に飾る丸餅はしませんでした。

お布施1万円と、寺の維持費6千円(年額)と月命日のお布施2千円を別々に包みました。

2009年10月11日

●親戚の法事

今日は親戚の法事がありました。13回忌2人分と50回忌と3人分の法事でした。喪服(ネクタイは黒)を着て数珠をもって行きました。志は仏前と書かれた白黄ののしに1人1万円(2人なので2万円)を包み,和菓子の折りを持参して行きました。
南無阿弥陀仏の掛け軸が掛けられ,仏壇には赤い蝋燭,赤い打敷,普通の墓用の花が飾られていました。3人分ということでお経も長く1時間余り続きました。

2009年07月11日

●墓参りに行ってきた

今日,墓参りに行ってきました。
朝7時に出発して野田山に着いたのは7時30分くらいだったのですが,去年より空いていました。まだ時期的にも早いのかもしれません。野田山の花屋は市内で買うより安いので,いつも大乗寺の入口で買うのですが,いつも自動車を停めるのに苦労するのです。でも今日はすんなり購入できました。
昨日,墓の掃除をほとんどしておいたので,今日はブラシでないと掃除できないところだけ掃除しました。
掃除が終わってから正信偈を唱えました。
その後,父方の実家の墓参りをしてきました。

2009年07月10日

●お墓参りの準備

今日は、お墓参りの準備ということで、キリコ架をたてて、お墓の清掃をしてきました。明日から一方通行の臨時規制が始まりますが、今日も墓参者がそこそこいて花を買うため停車するのが難しそうでした。

2009年07月05日

●納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要

今日は父親の分骨したお寺の納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要に行ってきました。今年はあばれ祭に行ったて帰ってこれるか判らなかったのですが,なんとか早めに帰って来られたので行くことにしました。

去年同様,3000円を包みました。袋はお布施の文字が入ったものを使いましたが,志という文字が入った袋のほうが良かったみたいです。

今回の法話は,恩についての話と,漢字の文字が表している意味についてというのような内容でした。なんか金八先生のようの授業のようでした。法話の前に籠が廻され1人200円を入れました。

2009年06月23日

●盂蘭盆の通知

今日,分骨のお寺から盂蘭盆が7月5日に行われるとの通知がきました。

当日は,能登町のあばれ祭りに行く予定をしていたので行けないかもしれません。

2009年03月20日

●彼岸の墓参り

今日は予定通り彼岸の墓参りに行ってきました。午前中は天気が悪いので午後に行くことにしました。10:00からプロ野球のWBCの試合があったので、試合が終わってから行くことにしました。
同じ事を考える人が多かったようで野田山墓地への坂は自動車で混雑してました。

前日、掃除し切れなかった部分の掃除の為に洗浄ブラシを持って行って掃除したら綺麗になりました。

三誓偈をあげてきました。

2009年01月10日

●3回忌

今日は父親の3回忌でした。金沢では3回忌は、親戚とか呼ばないということなので、家族だけ集まってお坊さんにお経をあげていただきました。
四十九日も一周忌も外でやったので、全てお任せだったので今回初めて自分たちで用意しなければいけませんでした。
お坊さん用の紫の座布団を購入し、花を買ってきて、赤い蝋燭を灯し、香炉の火タネの有無を確認して、お坊さんに出すお菓子を用意して、南無阿弥陀仏の掛け軸をかけました。打敷は艶やかなほうを出しておきました。家族だけといっても礼服は着用しました。
列席者にまわす香炉は父親が亡くなった時に葬儀社が持ってきた白い香炉を使ったのですが、白い香炉は四十九日までしか使わないということでした。その他に三具足の位置や大きさ、上卓の配置など、いろいろ間違っていたみたいです。
食事は特に用意しませんでした。一般的には食事料と交通費とお布施をわけて出すようですが、まとめてお布施として三万円包みました。

2009年01月06日

●お通夜

今日、お世話になった大切な方のお通夜がありました。急死でびっくりしました。おくやみにでていた住所の町名はご本人と一緒だったのですが、信じられなくて、昔に来ていた年賀状で確認したら住所と家族の名前が一緒だした。
お通夜に行ってきたのですが花篭がいっぱいでした。ちょっと早めに会場に着いたのですが、遺族が会場に入られたのは30分前でした。国際的な活動をしていた人だったので、地元の人以外の列席が多いせいもあったのですが、通夜が始まる前に焼香と遺族との挨拶をすますようにというアナウンスがありました。金沢のお通夜では、先に焼香と挨拶をするのは一般的な風習ですが、本来は好ましくない風習だと聞いていたので、そういうアナウンスがあったのには驚きました。
お通夜が終わった帰る時にお菓子が配られました。
先日も、そういうお通夜がありましたが、両方とも葬儀社はサンレーでした。

2008年12月08日

●親戚の葬儀

親戚の人が亡くなられたと連絡がありました。母親の姉妹(亡くなっている)の長男(家督を継いでいる)の妻にあたる人になります。病気で1ヶ月以上前から危ないと言われていたので母親はなるべく他の予定を入れないようにはしていたようです。
朝に他の親戚から電話が入って、香典の金額とか花や籠をどうするかの相談をしてました。
こういう場合は血のつながりの強さというものも関係しているようで、甥の妻の場合は直接血がつながっていないので香典は2万円で菓子籠の供物を出すということになったようです。

お通夜は、集会場で行われて座敷の部屋で入れない人がいるほどで、ギューギュー詰めになっていました。列席者はかなり狭くてきつそうでした。
白山麓の通夜はお坊さんは1人というのが多いようです。でも告別式には白山麓の僧侶が勢ぞろいするそうです。白山麓の人はお経をあげられる人が多く阿弥陀経もみんなで唱和していました。
親戚の通夜だったので、通夜が終わっても少し残っていたのですが、大勢の人が残っていました。
飲み物や、乾き菓子や、惣菜や、巻き寿司が出されました。

叔母さんの時には会計の手伝いもしたのですが、今回は早めに帰りました。

2008年12月07日

●父親の3周忌の打ち合わせ

父親が亡くなって1月15日に2年になるということで、3周忌の法要をしなければいけません。親戚に聞いたら3周忌は、それほど大げさにする必要は無く、自宅で家族だけ集まってお経だけあげてもらえば良いということなので、そのようにすることにしました。
先月、ほんこさん(報恩講)が終わった時期が良いかと思って20日くらいの朝にお寺に電話したのですが、そのお寺は檀家が多く、ほんこさん(報恩講)で12月まで周っているということで住職が不在でした。お寺から改めて電話してもらえるということだったので待っていたのですが連絡が無く、改めて電話しました。
1月11,12日の連休は不都合ということで父親の3周忌を10日(土)の午前中にすることにしました。

2008年11月21日

●納棺夫日記

金沢東別院の公開講座の最終回は行きませんでした。そのかわり行きそびれた2回目の講師の著書「納棺夫日記」を読みました。納棺夫で体験した事を書かれているのかと思っていたのですが、そういう内容はごく一部で、ほとんどが作者である青木新門氏の浄土真宗論って感じの本でした。

この本でも、そうなんですが、浄土真宗の講座や法話とかを聞いていると、浄土真宗にとって一番大切な事って死に対する不安と、生きることの不安を感じる必要がないというのが本質のような気がします。極端な話、生きている時に殺人や、その他に一般的に悪いと考えられている事をしても、死ぬとみんな阿弥陀様のお導きによって仏に帰るので、なんの不安も感じなくても良いですよということのようです。
生きている時に、一般的な考え方から考えられる不満や不安、諦めは仏法とは全然違う価値観によってもたらされるものなので、悲観することは無いですよ。生きていく(生かされている)事自体に意味があるので、生かされることに対して感謝の気持ちを持ち続けなさいっていう事のようです。生きていく上で、一般に悪いと言われることを、しなければ生きていけない事に遭遇するかもしれないけど、それも与えられた人生でもあり、仏法の価値観の中では意味がないことなので、くよくよすることなく安らかな気持ちで生きていけば良いですよという話が多いです。

浄土真宗の場合は死ぬとみんな仏になるので、本来、浄土真宗には死者を弔うという意味では法要は必要ないのでしょうけど、法要を無くしちゃうとお寺の収入が無くなり、お寺が存続できなくなっちゃうので法要をやっているんだろうなあって思う。まあ法要することによって、法話を聞いたり、死について考える機会ができるということで親鸞の教えに触れさせることが出来ると意味でも大切だというのが大義名分だと思うのですけど。まあ金沢の町並みにとって寺院というのは重要な位置を占めるので寺院を存続させる事の重要性は否定しないのですが。

まあ、そんなことを考えさせられる今日この頃です。
親の法要はできるかぎりのことはしてあげようと思うけど(親はそれを望んでいると思うし)、自分が死んだら無宗教で簡素な葬儀をしてもらうように遺言を書いておこうと思います。
そのためにも、葬儀のことを、いろいろ調べようと思ってます。

2008年11月16日

●ほんこさん(報恩講)

今日、ほんこさん(報恩講)がありました。仏壇に飾る丸餅と花と赤い蝋燭と赤い打敷を用意しました。

最初に正信偈を少し長めのを唱和しました。それで報恩講は終わりました。

その後で、月命日をするということで、蝋燭を白いのに交換して、別のお経をお坊さんひとりで唱えました。報恩講と月命日は一緒くたにするのかと思っていたのでびっくりしました。

お布施1万円と、寺の維持費6千円(年額)を包んだのですが、月命日とほんこさんは別ということなので、月命日の分の御布施2千円を別に包みました。ほんこさんの食事代は別に包まないでも良いと母親が知人から聞いたらしく包みませんでした。

打敷を卓のてっぺんに敷いておいたのですが、打敷は卓と天板の間に敷くのですよと教えていただきました。打敷を卓のてっぺんに置いてその上に蝋燭置いたのでは確かに危ないですものね

お餅は少し多めに買っておいて夕食にお雑煮をしました。

2008年11月05日

●真宗大谷派の市民公開講座

今日、真宗大谷派金沢教区主催の市民公開講座に行ってきました。金沢東別院で行われて無料でした。「南無阿弥陀仏の葬儀」という内容で4回行われ今回は3回目でした。今日は医師が講師で、医学から見た生きるということと死ぬということがテーマでした。1時間30分の講座でした。

今日は食事が遅くなって、慌てて家を飛び出して、メモ用紙と財布を忘れて行ってしまいました。

医学は生老病死の四苦のうち、生と老病死を分断し、生は善、老病死は悪と考えるから労病死の対応ができない。生きる意味を考える上でで世間的に幸せになるという基準で考え、老病死をマイナス条件という基準で考えるので人間の一生は不幸の完成という見方しかできなくなる。
医療というものは老病死の問題について治療によって先延ばしはできるけど、根本的な解決はできない。
ある年齢になると、健康で長生きというより成仏という仏教的な考えをすることの必要性がある。死ぬことを心配して生きるより鷹揚に生きるのが良いのだけれど理性・知性・分別を基準に考えると老病死を否定する考え方しかできないので、なかなかそのような生き方ができない。
客観的事実に基づいた現代の医学では一断面しか見ることができなく、仏教的な視点による物語に基づいた医学により死んで行く事を受け取る文化が求められている。

人間として生まれた意味は現代の理性・知性・分別に基づいた考え方では理解できない。仏法的な考え方により、仏様に対してあまりにも小さい自分の愚かさに気づき人間に生まれてよかったという境地になることができる。仏法と関わることにより、死んでいくことはなんの心配もない、つまり死んでいくことは浄土に帰るという事に気づくことになる。死んだことで浄土に導いてくれる阿弥陀様に対するお礼が南無阿弥陀仏である。
清く正しくでは生きていけない先祖の過酷な人生があったなかでも阿弥陀如来の救いで生き延びてきて、自分達が生を得られたことに対する自覚の深さによって過去・未来の本当の意味が見えてくる。

仏教については理性・知性・分別による客観化した考え方では理解できない。仏は私人より遥かに大きい存在なので、疑いの目で見て理解しようとしても理解できない。

おおまかには、このような内容でした。


2008年11月02日

●ほんこさん(報恩講)の準備

自宅のほんこさん(報恩講)が11月15日に行われるので、仏壇の掃除をして、打敷(赤と金の模様の)を出しておきました。

2008年10月26日

●親戚の1周忌

今日、親戚の1周忌の法要がありました。
礼服を着て、お供えの果物を持っていきました。今日の1周忌は食事はでなくて、引き出物も寿司折だけだということを聞いていました。
着くのが早くなったので法事に行く前に1周忌の親戚の墓参りをしました。
仏壇に赤い蝋燭と赤と金の鮮やかな色の打敷を使ってました。同じ浄土真宗でも本願寺派の場合は、3回忌までは白蝋燭と白の打敷を使うのが一般的のようですが、真宗大谷派の場合は赤い蝋燭と赤と金の鮮やかな色の打敷を使用するようです。
食事が出て、引き出物がある場合は1人1万円が一般的のようですが、こういう法要の場合の仏前にいくら包めば良いのか判断が難しかったので、他の親戚と随分相談して、1人の場合は3千円、2人で行く世帯は5千円ということにしました。黄色と白の紐のついた仏前と書かれた袋に入れていきました。
県外から来た親戚もいて、せっかく遠くから来たのにゆっくりできなかったという面もあったのですが、法事ってこういう形式で充分だと思いました。法事に出る側にしても、それなりに包まないといけないので、それなりに負担になる訳だし、質素な法事というのは出席する側にとっても優しい法事と言えます。
要は亡くなった人に対する思いがどうかという事なので、心さえこもっていればそれが一番ですから。
帰りに、親戚がお供えしたお菓子が分けられ、いただいて帰りました。

2008年10月17日

●ほんこさん(報恩講)について

ほんこさん(報恩講)について親戚に聞いてみました。そちらの近所に同じお寺の檀家が数十軒あって、数人のお坊さんが各家庭を2日で周るということです。数十軒の家が当番制で(毎年担当を決めて)お坊さんへのご馳走を用意するそうです。以前は、お坊さんに大きな丸餅を3個、お布施と一緒に渡したそうです。
地域によっては当番の家にみんなが寄ってお坊さんの法話を聞いて、その後にみんなでご馳走を食べたそうです。
基本的には家族揃っておまいりできる日にするということで、家族揃っておまいりしないといけないそうです。

2008年10月16日

●真宗大谷派の市民公開講座

今日、真宗大谷派金沢教区主催の市民公開講座に行ってきました。「南無阿弥陀仏の葬儀」という内容に興味があったので行ってきました。金沢東別院で行われて無料でした。
1時間30分の講座でした。

七七日の法要や百ヶ日、1周忌、3回忌の法要は十王経から来ているそうです。閻魔大王の審判がその時期に行われるので、追前供養をして生前の悪いことを帳消ししてもらうために権威者(お坊さん)に導いてもらうということでした。それに対して親鸞は権威者は不要だと唱えたそうです。
そういう親鸞が開祖の浄土真宗でも七七日の法要や百ヶ日、1周忌、3回忌の法要を行っているのは、どうしてなのか今度聞いてみたいと思いました。

浄土真宗は、どんな人でも死んだら佛菩薩(諸佛)になって、後生の一大事を気づかせる存在となるといことでした。
死んで佛菩薩になるのだったら閻魔大王の審判の対象になる事は無いと思うんだけど、浄土真宗として七七日の法要や百ヶ日、1周忌、3回忌の法要はどういう位置づけに考えているのか今度聞いてみたいと思いました。

後生の一大事というのは、生まれてから、いろんな事で思い通りにならなくて、理想とのギャップを感じるけど最終的には仕方が無いと諦めるしかなく自分が生きる意味に疑問を感じて自己不信(死んでも死に切れない)に陥る事が多いけど、それは娑婆世間での知恵だけで考えるからで、縁のあった人の死によって仏教(出世間の法)の本当の知恵に気づき生きる意味を知るということでした。

浄土真宗では冥福を祈るという考えはないそうです。冥土、冥界、冥福という世界があって、死後に、明るい世界である冥福に行ける事を祈るということなのですが、浄土真宗では死後に全ての人が佛になるので、冥福や天国へ行くという考えはないそうです。

現代の葬儀は主役は故人ではなく葬式を出す人になっていると主張されていました。葬儀で祭壇を飾り、花を飾るのは故人のためというより葬式を出す人の思い(娑婆世間での体裁)によって華美になっているということでした。ちなみに寺の関係者の葬儀は祭壇を飾らず野卓というものを使い、花も飾らないそうです。

葬儀で列席した人にして欲しい事として
1.亡くなられた人に一生長い間、よく頑張ってご苦労様と頭を下げる
2.たったひとつの同じものが無い宝物である故人の人生に縁をいただいたことにたいして感謝する
3.死を持って、終わりある人生をかんがえさせてくれることに対して感謝する
をあげてました。葬式とは人生の卒業式のようなものだとも言ってました。

浄土真宗での葬儀についての小冊子(3冊で300円)が販売されていたので購入しました。

今回の市民公開講座は新聞の記事で知ったのですが、来月も含めて4回行われるようです。でも、当日、今後の予定表とかの案内は無かったですし、金沢東別院のホームページを見ても、今回の市民公開講座については何も掲載がありませんでした。あまり熱心とも思えないです。多分、広報誌を継続購読している人にだけ案内しているという感じなのだと思います。

2008年10月15日

●お寺とのつきあいは、いろいろと大変

今日は月命日でお坊さんが来ていて、時間が合わなかったので会わなかったのですが、いろいろ話があったそうです。

「ほんこさん」という法要をしないといけないそうです。次の月命日にほんこさんをするということでした。仏壇をきれいにして赤い蝋燭をたてて打敷(うちしき)は金襴のあでやかなものにして、マル餅と松の入った花を飾るそうです。
ほんこさんって何かなと調べてみたら正式には報恩講というようで、親鸞の命日11月28日を中心にして、聖人の徳をたたえ、恩に報いる法要だそうです。知り合いから聞いた話では、お布施は1万円で食事代5千円包むそうです。

その他に、お寺を維持するための協力金を年額6千円払って欲しいと言われたそうです。

お寺とつきあいを続けるということは、いろいろと大変な事です。

●老人会の物故者法要 その後

老人会の物故者法要が行われたようで、お世話の人が、お煎餅とタオルをもってこられました。
出席できないので気持ちだけで良いのかなと2000円しかお布施をだしてなかったので、もうちょっと出しておかなければいけなかったのかなと感じました。

2008年09月23日

●老人会の物故者法要

父親は老人会に入っていたので、老人会による物故者法要の案内がきました。
5年に1回、過去5年間に亡くなられた人を対象に法要を行うそうです。平日の日中なので出席できないのでお布施だけ渡しました。

2008年09月19日

●紫雲閣は、なにかと行き届いていない

今日、お通夜があったのですが、仕事がお通夜の時間ギリギリまでかかりそうだったので、礼服とかを自動車に入れて仕事に出かけました。
予想通り、仕事が長びいたので客先で着替えさせてもらってお通夜に時間ギリギリで到着しました。
参列者が多く、2階の別室での参列でした。2階の別室ではモニターが置かれていました。でも音響装置の性能が良くなくて、喪主の挨拶も明瞭に聞き取れない部分がありました。
僧侶は4人でのお通夜でした。西本願寺派の僧侶で4人とも、正信偈を本を見ながら唱えてました。
お通夜が終わって帰るときに、全員にパウンドケーキのセットが配られました。金沢では、こういうのは珍しいです。
駐車場に戻ると、通路まで自動車が駐車されていて、それらの自動車が移動しないと出れない状況でした。急ぎの用があって阿弥陀経が終わった時点で中座せざるを得ない人もいるだろうに、こんなところまで駐車させたら、出ようにも出られなくて、さぞ困っただろうと推測されます。
結局、駐車場を出るまで15分以上待たされる事になりました。駐車場の整理にも行き届かなさを感じましたし、葬儀社として、こういう配慮の無さは信じがたいものがあります。参列者に迷惑をかけないというのが、葬儀社にとって守らなければいけない最低限のルールだと思います。普通の葬儀社なら、少し離れた場所でも駐車できるスペースを確保していると思います。
紫雲閣は、なにかと行き届いていない葬儀社だと思いました。

2008年09月16日

●白山麓の葬儀は阿弥陀経もみんなで唱和

今日、白山麓で通夜がありました。白山麓の通夜では阿弥陀経も皆で唱和するので、びっくりします。

お坊さんは1人でしたが、告別式には多くの僧侶が列席するのが白山麓の葬儀のパターンのようです。

2008年09月08日

●浄土真宗に彼岸は無い

今日、お坊さんの都合で月命日のお参りが早めに行われました。月命日のお参りの時間と仕事の時間が、なかなか合わなかったのですが、久しぶりにお参りをしました。

お坊さんと少し、話をしてたら彼岸の話になって、浄土真宗では彼岸は特別なものではなくて、特にどうこうするというものではないと言ってました。

2008年08月31日

●同じ法話

今日、仕事関係の通夜に行ってきました。
導師が先日、納骨合同孟蘭盆で法話をしていた僧侶でした。
正信偈が終わってから導師の法話がありましたが、先日の納骨合同孟蘭盆での法話と同じ法話でした。
正信偈の前に正信偈の本が配られた(貸し出し)のですが、式場の名前が入った本でした。

2008年07月13日

●新盆の墓参りに行ってきた

今日、野田山墓地へ父親の墓と父親の実家の墓へ墓参りに行ってきました。朝の6時45分頃に泉ヶ丘高校方向から大乗寺口に入る道に近くに来たのですが、自動車の渋滞がひどくて全然進める雰囲気が無かったので、迂回して縦貫道路から左折して大乗寺口の坂に入ることを試みました。
作戦は成功して、なんとか実践倫理会館への坂道に入れました。実践倫理会館への坂道は右折や直進で入るのは無理のようです。臨時駐車場が自衛隊のところや縦貫道路沿いにも設けられてました。
実践倫理会館への坂道の入口で、いつも花を買うのですが、とても駐車して買うことは出来ないので、母親が先に徒歩で行って買ってきました。
朝9時からは実践倫理会館への坂道は一方通行になるので、その前に行こうという人が多くて、しかも日曜日だったので混雑したようです。でも渋滞の本当の原因は、道路の少し広くなっているところに自動車が2台駐車しており、そのせいで対面通行できなくなっていて渋滞していたようです。そういう訳で自動車が2台駐車している場所を越えるとそんなにたいした渋滞になっていなくて、墓の近くの駐車場にもなんとか入ることができました。
ちなみに朝5時半に行った親戚の話によると、その時間でも渋滞してたので朝早く行けば渋滞を避けられるという訳でもないようです。
親戚の人のキリコがかけられていて花も飾られてました。
墓をブラシや濡れた巾で綺麗に掃除してにキリコをつけて、花を飾って、蝋燭と線香に火をつけて正信偈を唱えました。花を活けるためのバケツも用意して水を入れときました、蝋燭の火は消して帰りました。
その後、父親の実家によって、父親の実家の墓にお参りしてきました。

2008年07月06日

●納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要

今日は分骨してあるお寺で納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要がありました。
駐車できる場所が少ないので遅く行くと駐車に困るので心配してたのですが、なんとか駐車できました。最初に受付があってお布施を渡しました。お布施は去年と同じで3000円にしたのですが、5000円の人が多かったようです。
納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要は平服で良いのですが、数珠は持って行かないといけません。正信偈の本も持って行きました。
1時間ほどお経があげられ、その後、他のお寺のお坊さんの説教がありました。説教の前に籠がまわされ1人100円入れます。
本堂内に永代経のお布施した人の名前と金額が書かれた紙が貼られてましたが30万円とか20万円という感じでした。
なんか1年前と同じこと書いています。

今日の法話は、亡くなった後の極楽の話でした。亡くなったら全ての魂は極楽に行きますが、極楽というのは具体的な形で存在する世界では無い。人間死んだら何もかも無くなるというのでは安らかに死ぬことは出来ない。死んだら誰の魂も極楽に行けると信じて念仏を唱えれば安らかな気持ちで死を迎えることが出来る。そのことが信じることが救われるということだということでした。

2008年06月28日

●孟蘭盆(うらぼん)法要の通知がありました

今日、父親の分骨を納骨したお寺から、納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要の通知がありました。7月6日とのことでした。

2008年05月09日

●2日続けて同じ会場でお通夜

昨日、今日と2日続けて同じ会場でのお通夜に列席しました。

両方のお通夜とも建物の形の祭壇では無く、全体が花で飾られてました。全体が花で飾られる祭壇というのは、とても綺麗です。

昨日のお通夜は亡くなった人が若かったので、びっくりもしたしショックでした。
今日のお通夜は、随分お世話になった人でした。

昨日のお通夜も今日のお通夜も、親族の挨拶で、故人が亡くなった経過について、何の発言もありませんでした。ちょっと寂しかったです。

2008年04月29日

●親戚の納骨

今日、親戚の納骨がありました。
お坊さんの都合で朝の7:30からの予定でした。自宅から1時間かかる場所なので朝起きして行ってきました。直接の親族では無いので礼服は着ていきませんでしたが、紺のスーツを着用していきました。そんなに、堅苦しい服装でなくても良かったんですけど。もちろん、数珠は忘れずに持っていきました。花やお供え物は持って行きませんでした。
お坊さんには前日にも連絡してあったようですが、ご高齢のため忘れていたようで時間が過ぎても、おいでないので電話して納骨が始まったのは30分遅れでした。

自分の父親の納骨の時には、雨が降っていて、お坊さんに傘をさしていたので、あまり観察できなかったのですが、今日はお墓の中とかも見ることが出来ました。
蝋燭台を移動して納骨の部分を開くのに石材屋さん2人でやっとこという重さのようでした。
納骨部分には土が敷かれていて、その上に骨壷が置かれてました。写経とかは入っていませんでした。石川県では写経を入れる風習は無いそうです。骨壷の骨は50年経つと土に返すそうです。

お坊さんに、骨壷の蓋と本体に、法名を書いてもらって納骨し、蝋燭は白の和蝋燭で、線香と花とお供えを備え、お経を上げて納骨は済みました。親戚は、そのまま今日、地元のお寺と、小松のお寺に分骨するということでした。

2008年01月25日

●1周忌の支払いをしておきました。

1周忌の会場から請求書が届いていたので、ネット振込みで支払いました。

料理代や飲み物代、みたま(お土産)の代金のほかに、室料10,000円とサービス料18,705円が加算され5000円の値引きがしてありました。
室料は食事の場所ではなくて、法事の場所の室料だと思います。
サービス料18,705円の中には、お土産などの紙袋や、線香、蝋燭などの料金が含まれているのだと思います。

2008年01月23日

●お寺の先代の住職の通夜

今日、父親の葬儀でお世話になったお寺の先代住職の通夜が自坊のお寺であり、駐車場が無いということで、1時間掛けてバスと徒歩で行ってきました。ギリギリ時間内に間に合いました。
香典は普通の葬儀程度の額を包みました。
最初に僧侶が40人程集まり阿弥陀経を唱えました。その後僧侶が一度退席して、今度は17人程度の僧侶で正信偈を唱えて、もう一度、僧侶が退席して、再び17人程度の僧侶で阿弥陀経(たぶん)を唱えました。僧侶が退席した後で、説法があり、門徒総代の挨拶で通夜は終わりました。
正信偈の本を持っていくのを忘れました。でも正信偈を一緒に唱えてる人は少なかったです。

通夜前に、前に行って線香をあげるという金沢特有の行為は無かったようです。

僧侶は浄土真宗大谷派金沢別院に車を停めてバスで移動したようです。

2008年01月21日

●お寺の先代住職が亡くなられた

今日、父親の葬儀をお願いしたお寺の先代住職が亡くなられたとの葉書が届きました。
通夜と葬式はお寺でするようで、自動車で来ないで下さいということでした。

結構遠く、近くに駐車場が無かったと思うので、どうやって行こうか悩みます。

それにしても、亡くなって5日後に通夜ということでびっくりしました。

2008年01月15日

●命日

ちょうど1年前の今日、父親が亡くなったんですが、午前中にお坊さんが毎月の月命日のお経をあげに来られました。
夜には家族で正信偈を唱えました。

2008年01月13日

●1周忌

今日は1周忌でした。

自宅の座敷が3階で足の不自由な親戚が上がれないので別会場ですることになりました。
礼服に着替えて、遺影と、法名の軸、数珠、正信偈の本、お坊さんに渡す御膳料とお布施、引き出物、会場で食べる和菓子、法事の肩掛け(お坊さんに以前いただいた)を用意しました。
お坊さんの和菓子も用意していきました。
遺影については、持って行くかどうかはお坊さんに相談したほうが良いかもしれません。

お布施は四十九日に3万円だったので今回も3万円にしました。今回はお坊さんが食事しないということだったので御膳料1万円を包みました。本来、車代も包むようですが、お布施が2万円から3万円と葬儀屋に聞いていたので、車代を含めて3万円ということにしました。黄色と白の紐のついたお布施の袋に入れて渡しました。

早くおいでる親戚もいますので、早めに家を出ましたが、やっぱり早くおいでる親戚もおいでましたので良かったです。
親戚の方がお供えのお菓子をお持ちしておいでましたので、会場の方にお菓子をお供えするようにお願いし、帰る時に皆さんにお分けして貰うようにお願いしておきました。
料理を持ってきていただいた親戚もおいでましたので、会場にお願いして、お膳と一緒に出していただくようにお願いしました。とても美味しくて評判良かったです。
おぼく用のお米を持ってきていただいて親戚もおいでましたので、どうするか聞いたら自宅の仏壇のご飯にお使いしてくださいということだったので、自動車に入れました。
志は仏前と書かれた白黄ののし袋に入れられてました。1人当たり1万円が多かったです。
和菓子を用意したんですが、和菓子やさんが、お菓子をのし紙に包んでいただくようお願いしたのに、紙袋に入れて用意してあって、それをそのまま出したので、誰も口にされませんでした。紙袋に入れてあると食べにくいですよね。失敗しました。

お坊さんが、時間になってもおいでなくて、会場ではなくて自宅に行ってしまったと会場に電話をいただきました。最初に日程を決めるときに会場も連絡したはずなんですが、伝わっていなかったようです。
最初に日程を決めるときに、御膳にはつけないと聞いていたので、そのようなつもりでいたのですが、会場でお坊さんにお会いしたときに最初に今日は他に法事が入っているので御膳につけないと初めて言うような感じで言われたのでドキッとしました。

やっぱり直前に、法事の打ち合わせの詳細を確認しておかないといけなかったと反省しました。

法事は椅子の部屋で仏壇と祭壇が用意されてました。お葬式ができるような大きな部屋でびっくりしました。写真や線香など、ある程度は配置されていたのですが、お坊さんが配置しなおしてお経がはじまりました。正信偈の本は家族分だけ用意しておいたのですが、お坊さんのほうでもたくさん用意していただけました。

お経の途中で焼香があり、正信偈などを皆で唱えて法事が終わりました。
お布施と御膳料はお坊さんが退席したときに一緒に退席し渡しました。

法事が終わって、食事になったのですが、最初に挨拶をしました。
食事は美味しくて評判も良かったです。せっかく親戚が集まったので、途中で食事をしている様子を撮影しました。

食事が終わって適当な時に簡単な挨拶をして散会になりました。

親戚を送っていくついでに母親と墓参りをしました。途中で花を買って、蝋燭と線香をたててお参りしました。
正信偈の本にのっている三誓偈か嘆佛偈を唱えようと思っていたのですが、正信偈の本を嫁さんに渡してしまっていて唱えることができませんでした。

次の法事は3回忌なのですが、3回忌は亡くなってから3年後に行うのではなくて2年後に行う法事だそうです。一般的には3回忌はそんなに大袈裟にしないということなので家族だけでしようということになりました。7回忌は親戚とかも呼んでするのが一般的なんだそうです。

毎週日曜日には家族で仏壇の前で正信偈を唱えるのですが、今日は法事だったのでしませんでした。

2008年01月12日

●お坊さんと会場に1周忌の確認

明日は1周忌なのでお坊さんに確認の電話をしました。

自分で用意した引き出物も揃ったので、会場に、引き出物は前日に届けないといけないか聞いたら、当日に持参すれば良いとのことでした。

2008年01月07日

●1周忌の席順を連絡

父親の1周忌の出席者が確定できたので、会場のほうに連絡しました。
みたま(豆入りの餅米のご飯)と引き出物の袋の用意もお願いしました。

2008年01月04日

●親戚に1周忌の出欠の確認

今日、親戚に1周忌の出席の確認したんだけど、予定していたのに来れなくなった親戚が数人いました。
最終的な出席者は、ギリギリまではっきりしそうもないです。1週間前までに出席者の席順を連絡するように言われていたんですが、無理っぽいです。

2008年01月01日

●みんなでお参りをした。

今日は弟の家族も集まって、正信偈を唱えました。

今年は喪中の正月なので、華美なおせち料理を避けるということだったんですが、料理を見たら、黒豆、栗きんとん、伊達巻、酢だこ、お雑煮、かに、エビ、べろべろとおせち料理のオールスターでした(苦笑!)

2007年12月23日

●親戚の三十五日法要

今日は親戚の三十五日法要に行ってきました。白山麓では女性の場合、四十九日ではなく三十五日に精進明けの法要を行うようです。
各自にお膳を用意してなく、テーブルに料理の大皿を用意する形式だったので、親戚で相談してお仏前の袋に入れて渡しました。
お菓子は法事用ということで法事用の熨斗紙をつけて包装してもらいました。
仏壇に30分ほど阿弥陀経をあげていただき、その後に、骨壷と遺影のほうに別のお経をあげていました。

2007年12月31日
親戚の正式な三十五日のお参りに行ってきました。現地は雪が凄くてスリップしまくりで怖かったです。
平服で数珠だけ持って行きました。白い和蝋燭と線香で、白い幕(三角)でのお参りでした。
仏壇には阿弥陀経と遺影と骨壷には短いお経をあげていました。
正式な三十五日のお参りが終われば、遺影は欄干にかけて、祭壇の飾りとか片付けるようです。
仏壇の白い幕(三角)も片付けるようです。墓はあるんですが、納骨は5月の連休にするそうです。
帰りに果物をいただきました。
白山麓では、お通夜やお葬式にお坊さんが6人も出られるので、お布施が大変だねと喪主に聞いたら、白山麓の場合は、お通夜やお葬式のお坊さんへのお布施は導師以外のお坊さんは3万円+足代5千円で3万5千円、導師も金沢の半額程度だということでした。
また白山麓では月命日のお参りはしないそうです。
近日中に白山麓初めてのJAの葬儀場が出来るのですが、JAが葬儀を仕切ることはしなくて、場所を貸すだけになるそうです。

●親戚の三十五日法要

今日は親戚の三十五日法要に行ってきました。白山麓では女性の場合、四十九日ではなく三十五日に精進明けの法要を行うようです。
各自にお膳を用意してなく、テーブルに料理の大皿を用意する形式だったので、親戚で相談してお仏前の袋に入れて渡しました。
お菓子は法事用ということで法事用の熨斗紙をつけて包装してもらいました。
仏壇に30分ほど阿弥陀経をあげていただき、その後に、骨壷と遺影のほうに別のお経をあげていました。

2007年12月31日
親戚の正式な三十五日のお参りに行ってきました。現地は雪が凄くてスリップしまくりで怖かったです。
平服で数珠だけ持って行きました。白い和蝋燭と線香で、白い幕(三角)でのお参りでした。
仏壇には阿弥陀経と遺影と骨壷には短いお経をあげていました。
正式な三十五日のお参りが終われば、遺影は欄干にかけて、祭壇の飾りとか片付けるようです。
仏壇の白い幕(三角)も片付けるようです。墓はあるんですが、納骨は5月の連休にするそうです。
帰りに果物をいただきました。
白山麓では、お通夜やお葬式にお坊さんが6人も出られるので、お布施が大変だねと喪主に聞いたら、白山麓の場合は、お通夜やお葬式のお坊さんへのお布施は導師以外のお坊さんは3万円+足代5千円で3万5千円、導師も金沢の半額程度だということでした。
また白山麓では月命日のお参りはしないそうです。
近日中に白山麓初めてのJAの葬儀場が出来るのですが、JAが葬儀を仕切ることはしなくて、場所を貸すだけになるそうです。

2007年12月16日

●1周忌の打ち合わせ

1周忌の会場の打ち合わせがありました。
人数と料理の価格と引き出物について打ち合わせしました。
人数は20人、料理は7000円の懐石、引き出物は自分で用意する人が多いということなので自分で何か良いものを探すことにしました。引き出物の予算は5000円程度と考えています。
御僧侶は食事の席につかないということなので、引き出物も用意しなくて良いそうです。
御僧侶は食事の席につかない場合はお布施の他に御前料を用意しないといけないようです。
1周忌のお布施は2万円から3万円程度だということなので、御前料を含めて3万円で良いかなと思っています。
会場の担当者に仏壇は前回同様1階に用意して置くようにお願いしました。
会場へは仏壇の法名の札だけ持参すれば良いという事でした。遺影は持ってこない人が多いということでしたが、一応持っていこうと思います。
食事の席順を1週間前までにFAXするように言われました。

2007年12月15日

●喪中の正月についてお坊さんに聞いてみました

今日は月命日でお坊さんがおいでたので浄土真宗の喪中の正月について聞いてみました。

お坊さんは浄土真宗にも喪中というのはあるとの事でした。
初詣はしても全然問題ないとのことでした。
正月の飾り物はしないけど、お雑煮やおせち料理はおめでたい物を入れなければ問題無いとの事です。
知り合いからお正月には墓参りするって聞いていたので浄土真宗でも正月には墓参りする風習があるのかと聞くと、そんな風習は存在しないと言ってました。
本来、浄土真宗にとっては墓参りというものは重要視してないとのことのようです。
調べて見ると、浄土真宗では墓自体が絶対に必要なものではなくて、それよりお盆やお彼岸に寺に行って法話を聞く縁というものを大切にしているようです。

喪中の正月には南無阿弥陀仏の掛け軸をかけるという話も聞いたので掛けようと思います。

ついでに墓参りするときに、正信偈を唱えているけど、それで良いのですかと聞くと、それで良いのですよということでした。お坊さんは墓参りの時には三誓偈、嘆仏偈を唱えているけど、これは正信偈を読むと時間がかかり回りきれないので三誓偈、嘆佛偈を唱えているのですと言ってました。三誓偈、嘆仏偈は正信偈の勤行集にも掲載されてるし単調で読みやすいそうです。
お寺の朝と夜のお勤めは正信偈を唱えているってことでした。
三誓偈、嘆佛偈はhttp://www.nagoya30.net/study/sutra/index.shtmlで聞けます。

2007年11月29日

●叔母さんが急に亡くなられた

一昨日、仕事先で叔母さん(母親の姉)が亡くなれたと連絡がありました。
母親は叔母さんのところに行かないといけなかったんですが、俊は県外にいたので急には帰れず、弟に連れて行ってもらうことにしました。叔母さんの家は白山麓なので自動車で1時間かかる場所なのです。とりあえずは母親と弟が叔母さんのところに顔を出して早々に帰ってきました。通夜に供える生花と籠盛を頼んでおいたそうです。

昨日、母親を連れて神戸からおいでた親戚のご夫婦を駅に迎えに行って、そのまま通夜に行きました。
さすがに近い親戚なので知った顔の人が大勢いました。
お坊さんは1人だったのですが、告別式は6人のお坊さんがおいでるという事でした。その地方の葬祭には地域のお坊さんが全員揃って葬儀に出るのが通例という事なのですが、たまたま2つの葬儀が重なってそういうことになったそうです。
救急車で運ばれた病院で、葬儀社はどこにしますかと言われて、地元には葬儀社が1軒しかなく、病院もその地区だったらその葬儀社ですかねえっていうことで葬儀社を決めたそうです。その地区にはセレモニーホールが無くて、近くのお年寄りとかも列席しやすいようにという事で集会場で葬儀を行うことになったそうです。
葬儀が重なると通夜はお坊さんは、どちらかの葬儀にわかれて出るのですが、告別式は時間をずらして行うことになるようです。そういう訳で告別式はお坊さんの都合で午後1時からということになったそうです。

通夜は阿弥陀経と正信偈を唱えるのですが、さすがに田舎の人達は正信偈だけではなくて阿弥陀経も唱えることが出来る人が多くて、びっくりしました。俊は正信偈の本を持っていったので本を見ながら唱和しました。阿弥陀経と正信偈が終わってから仏様の教えについてのお話があって、最後に親族代表の挨拶がありました。

かなり近い親戚ということで通夜が終わっても残っていました。お菓子と飲み物とお寿司が出て、みんなで亡くなった人についての話をしたり、久しぶりにあった親戚とでいろんな話をしたり、これからの打ち合わせ(告別式と火葬場や中陰の出席者の確認なや焼香順や焼香の読み上げ方法、電報の読み上げ順や方法など)をしたりしてました。その時に生花代(10500円)と籠盛代(7000円)を親戚の分を集めて遺族に渡しました。
親戚以外の人が帰る時分(21:00)になって、香典の処理をしてないという事で、お手伝いをすることにしました。

香典の記帳には名前と表書きに住所が記入してある分だけの住所が列記されていて、金額は入っていませんでした。香典袋は通夜に来た順に番号が書かれていて、20枚ずつ綴られてました。香典帳は2冊あったので分担して計算することにしました。
中に入っているお金を確認し、金額を香典袋と香典帳に記入します。香典袋に金額を記入しておくと、香典帳に金額を間違えて記入した場合でも、間違えたのを調べるのに助かります。香典袋に金額を記入するのと、香典帳に金額を記入するのは1人でしないで分担して別の人が行った方が良いと思います。記入する途中、番号が途切れてないかを確認しながら、表袋に住所が記入されていなくて、中袋に住所が記入されてないものは、住所を香典帳に書いておきます。名前が熨斗紙だけに書かれているものは熨斗紙を香典袋にホッチキスで留めます。
会社などで一同としてお金を入れてあるものは、名前と金額を列記した紙が入っている場合が多いのですが、そういうのは、後で香典返しを個別に返すために判りやすいようにしておきます。
集計は最後にまとめてすると、合わなかったときに調べるのが大変なので、こまめに(10枚とか20枚とか毎に)中間集計します。中間集計は香典帳の金額と実際の現金の集計があっているかを調べるのですが、中間集計で計算があってた現金は集計済みの現金として、まとめておきます。
一番最後に総額について、香典帳の総額と現金の総額があっているか改めて確認します。

1時間程度で集計が終わって、ぴったりあってたので、母親を連れて帰りました。

告別式は、ちょうどその時間に仕事の約束をしてあったので、弟と母親が出る事になりました。

告別式は午後1時から始まりお坊さんは6人だったそうです。告別式の後、火葬場での火葬とかが終わって中陰が始まったのは午後5時だったそうです。告別式が10時、11時、12時、13時であっても昼食をとれなくて火葬場までこられる人がいるので、火葬場では飲み物、お菓子、おにぎりなどの軽食は用意しておく必要があるようです。

先日の伯父さんの葬儀の場合でも、今回の伯母さんの場合でも、告別式が終わっても初7日まで、毎日お坊さんがお経をあげに来られるそうです。地域によっていろいろですね。

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2007年11月25日

●親戚に一周忌の連絡

今日は親戚に一周忌の連絡をしました。

2007年11月19日

●一周忌の申し込み

一周忌の日程が決まったので、会場の申し込みをしておきました。
自宅の座敷は3階で足の具合が悪い親戚の人にとって不都合なので、仏壇のある座敷と食事の部屋がバリアフリーな場所ということで葬儀をお願いしたところが運営してる会場にしました。四十九日と同じ会場なんですが、食事の評判も良かったので別に変更する必要も無いですし。
葬儀の時の担当者に連絡して申し込みしておきました。

2007年11月18日

●義理の叔父さんが亡くなられた

嫁さんの父親の兄弟にあたる方が急死されました。
とりあえず籠盛を御供えしてもらうように連絡しました。
嫁さんとお通夜に行きました。正信偈の本を持って行きました。通夜は阿弥陀経と正信偈を続けて読み上げられました。正信偈は一緒に唱和しました。お坊さんは6人もおいでてました。お坊さんによる仏さんの教えについての話があって、遺族の挨拶がありました。
お通夜が終わってから、籠盛の金額(10500円)を聞いて、封筒に名前と籠盛代ということを記入して葬儀の経理を頼まれている人に籠盛代を渡しました。親戚なのでお通夜が終わっても一般参列者が帰るまで残って最後に挨拶をして帰りました。
嫁さんは近い親戚なので告別式と火葬場と中陰まで列席することになりました。中陰まで残るということで香典は1万円多めに入れときました。

●一周忌の日程の相談

父親が亡くなったのが1月15日ということで、そろそろ1周忌の打ち合わせをしないといけないということでお寺さんに、都合の良い日の問い合わせをしました。
希望の日を聞かれたのですが、平日より休日が良いのですが、そのほかについてはお寺さんの都合に合わせますということで1月13日にすることにしました。

2007年10月21日

●お別れ会

先週、大切な人が亡くなられて、気持ちが落ち込んでしまって。良い人は早く亡くなられると言いますがなんでなんでしょう。
お通夜とお葬式は親族だけで執り行われるということなので、亡くなられた翌日に近くに寄ったので焼香させていただきました。
お葬式が終わってから、日曜日にお別れ会を行うということなので、会場に電話して生花の籠とかはどういう風になっていますかと聞くと受け取るようにと聞いているということなので生花の籠をお願いしておきました。
最近、お通夜やお葬式を親族だけで執り行い、お別れ会を行うということも増えているようですが経験が無いので、どうすればよいのか判らなかったのですが、とりあえず、数珠と香典を携えて喪服を着ていきました。
会場に着くと会場の外で記帳の受付をしてました。記帳を済ませるとその場でお別れの予定表(式次第)を渡されました。館内には目立たない形で別に普通の受付があって香典を渡しました。
記帳の場所と香典を受け付ける受付を設けたのは、哀悼の志については、どうのような形であれ拒まないけど、そういう形式的なものとは関係なく多くの方に故人とのお別れをして欲しいという事なんだと思います。
以前、香典を受け取らないという葬式があったという話を喪主としてたんですが、その時、香典と言う形でお悔やみの心を伝えたいという気持ちを受け取っていただけないのも、それはそれで困ってしまうってこともありますねっていうので、いろいろ考えて、そういうふうにしたんだろうと思います。
こういうのって、なかなか難しいんですよね。香典とかそういう負担をかけたくないという気持ちから香典を受け取らないという形式を選択したりされるんだと思うけど、香典と言う形でお悔やみの心を伝えたいという気持ちを受け取っていただけないのも寂しい面があります。かといって、死亡広告で香典を辞退する旨の掲載をして、会場でも香典を辞退する掲示がしてあっても、それでも香典を持参した人からは受け取ったりすると今度は掲載を読んで香典を持ってこなかった人が肩身が狭く感じることがあったりしちゃう。本当に難しいです。
お通夜とお葬式を親族だけで済ませて、別にお別れ会を開催し、記帳と香典の受付を設けたのは、そういうような事をいろいろ考えて、どうしたら一番良いかを検討したんだと思います。

会場の入口に喪主がおいでになっておいでた来場者に挨拶をされてました。会場では当然ながらみんが喪服でした。会場には溢れんばかりの生花籠が飾られていて、祭壇は無くて遺影を中心に大量の花が飾られてました。故人が好きだったジャズやクラッシックの音楽が流れる中でお別れ会は進められ、最初に黙祷があって、故人のプロフィール紹介、その後弔辞、いろんな人のお別れの言葉、弔電披露(代表として数人分)、喪主による感謝の言葉、献花という順序で進められました。献花が終わると順々に帰っていくのですが、出口では喪主が列席された人ひとりひとりにお礼の言葉をかけて花を渡されていました。

宗教色は全く無くて数珠も不必要なお別れ会でしたが、どうすれば多くの人が心をこめて故人を天国に見送ることができて、どうすれば喪主が来場者に感謝の気持ちを伝えられるかということを第一に考えて、いろんな工夫を凝らされたお別れ会でした。

2007年10月03日

●1周忌の法事の会場のダイレクトメール

今日、1周忌の法事の会場の広告のダイレクトメールが来てました。
何故か封筒が音楽関係のものだったので、なあんだろうと思って中を見たんですが、1周忌の法事の会場の広告だったのでびっくりしました。

2007年09月22日

●彼岸のお参り

彼岸の時期は混雑するので今日の早朝に墓参りに行ってきました。
早朝でも、結構墓参りに来ている人がいました。
彼岸の入りが9月20日で彼岸明け9月26日なので、まだ早いので花が置いてある墓は少なかったです。
墓地の草むしり(大きくて5mm程度の雑草がちらほら)をして、墓の汚れを雑巾でふいて、花をお供えし、蝋燭と線香に火をつけてお参りしました。

2007年09月09日

●月命日の法要

今月も9月15日はお坊さんの都合で来れないということで今日、午前中に月命日の法要がありました。

2007年08月12日

●月命日の法要

8月15日がお坊さんの都合で来れないということで今日、午前中に月命日の法要がありました。
日曜日のほうがみんな揃ってお参りできるので良いです。
まあ毎週日曜日には、みんなで正信偈を合唱してるんですけど。

2007年07月24日

●火葬、納骨も地域によって違う

火葬の骨壷や納骨も地域によって随分違うようです。
福井の場合だと骨壷が3つ(同じ大きさで、そんなに大きくない)あって、1つは墓に、1つは地元のお寺に、もう1つは京都の本願寺に納骨するそうです。京都の本願寺に納骨する費用はかなりの額です。
葬式が終わって火葬場に遺体を運ぶのですが、焼き始めると葬儀場に戻って、法要を行い、法要が終わった頃に焼いた遺骨を骨壷に収めに行くのだそうです。
金沢と全然違います。葬儀って地域によって全然違うので本当に難しいです。

2007年07月10日

●福井の御通夜

先日、お世話になっているお方のお母さんがお亡くなりになり、福井市へお通夜に行ってきました。福井市のお通夜は金沢のように皆が揃って席に着き、お経があげられるという方式ではなく、参列者は受付をして、入口で参列者をお迎えしてる親族に挨拶して、焼香をして、そのまま帰るという方式です。一般的に通夜が18時30分だとすると、その時間の1時間前から通夜の時間までに焼香をすませるような感じのようです。そうは言っても時間過ぎても参列される方がおいでるので、すぐに切り上げるわけには行かないのですが、それでもだいたい通夜の時間の1時間後には切り上げるそうです。

福井市の通夜への出席は2度目だったので、そんなものかなという感じだったのですが、今回の葬儀について、香典や献花を固くお断りいたしますという葬儀だったので、そちらのほうに当惑してしまいました。前もって香典や献花を固くお断りいたしますということを聞いていたのですが、自分の父親が亡くなった時に香典をいただいていたので困ってしまいました。知人より、お通夜やお葬式に参列できないので香典を預かって欲しいと言われたんですが、香典を受け取らないと聞いていたのでお断りさせていただきました。
そうは言っても、香典を持参する人が多いようです。今回の葬儀では香典を持参した人には丁重にお断りしていたようです。。
香典や献花を固くお断りいたしますという葬儀でも、大多数の人が香典を持参されて、受付では、そのまま香典を受け取る例もあるようで、香典を持参しなかった時に肩身の狭い思いをしたという話も聞いたことがあります。一応は香典を用意するだけは用意していったほうが安心かもしれません。

香典をお断りいたしますという葬儀でも受付での記帳はあります。今回の葬儀では香典をお断りいたしますという葬儀でしたが、受付をすると会葬お礼を渡されていたようです。さすがにそれは受け取れないので受付はしないで親族への挨拶と焼香だけして帰りました。

後日、喪主のお方に、受付で香典を受け取らないことで、混乱は無かったですかと聞いたのですが、やっぱりどうしても受け取って欲しいと強行におっしゃるかたがおいでたということでした。

どうしても通夜や葬式に列席できないけど、弔意を伝えたいという場合に香典を届けてもらうということは、よくある事なんですが、今回の葬儀の場合、当惑された人も多かったようです。周り人に負担をかけたくないという優しいお気持ちで香典を辞退されたのだとは思いますが、葬儀って本当に難しいものです。

2007年07月08日

●納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要があった

今日、父親の分骨を納骨したお寺で、納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要がありました。

前もって知り合いに聞いたのですが、平服でよくてお布施も2000?3000円で良いとのことでした。その他に各自のお骨に単独でお参りする時に1000円のお布施を渡すということなので、3000円と1000円を入れたお布施袋を用意していきました。数珠と正信偈の本も持って行きました。

駐車する場所が心配だったので、早めに行きました。やっぱり駐車する場所が少なくて、ギリギリ駐車することができました。受付で3000円のお布施袋を出して、供物(柄の長い蝋燭用のライター)をいただきました。受付ではお布施の額を記帳していて、見てみると2000円とか3000円とか5000円とか10000円とか、いろいろでした。本堂内では永代経代のお布施した人の名前と金額が書かれた紙が貼られてました。30万円とか50万円とかいう紙が何枚も貼られてました。
ちなみに永代経法要は6月に終わっていたようです。ちょっとホッとしました。
定時にお経が始まり、焼香をして、その後、みんなで正信偈を合唱しました。

それが終わると、他のお寺からきたお坊さんの法話があるのですが、法話の前に賽銭をもとめる籠をまわされ1人100円を籠に入れました。途中休憩があって、その時にまた賽銭をもとめる籠をまわされ再び1人100円を籠に入れました。

法話が終わり最後に恩徳讃という歌を合唱して納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要が終わりました。納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要はお寺に分骨した人全員を対象に毎年行われるようです。

そのお寺では分骨の納骨堂は本堂の地下にあるので個別に出したりお参りしたりはしないそうです。

今日の法話は、浄土真宗にとって法事とはどういうものかということでした。
浄土真宗では法事は亡くなった故人の霊を慰めたり、供養したりするものではなくて、法事に参加した人が、自分の生き方を考えるためのものだということでした。煩悩ばかりの人間も亡くなると同時に煩悩の無い仏となり、仏さんは決して生きている人間を見捨てたりしない。そういうことを南無阿弥陀仏、諸行無常という言葉で知らせてくれている。故人が亡くなって、法事があることによって、縁あって仏の教えに触れることができたことに感謝しないといけないというような内容でした。確かに浄土真宗のお経って、先祖供養するような内容でなくて、親鸞聖人とかの浄土真宗の高僧が行ったことを称えるような内容なんですよね。

確かに、そういう事も大切だけど、やっぱり先祖を供養して感謝するための法事という方が、感覚的にしっくりくるんですけど。

納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要は2時間くらいかかりました。

●墓参りしてきた

今日は朝早くから墓参りに行ってきました。時期が早く時間も早いのにかかわらず墓参りしていている人を何人も見かけました。
キリコを掛けて、キリコにビニール袋をかけて、墓を掃除して、花を飾り、ろうそくと線香に火をつけて、4人で正信偈を唱えました。

2007年07月06日

●墓参りの準備

お盆が近づいたということで、墓のキリコ架をたててきました。
もうキリコ架をたてている墓が結構ありました。キリコを取り付けてある墓もそこそこありました。
キリコにはビニール袋をかぶせてありました。

2007年06月28日

●須弥檀納骨合同孟蘭盆法要

今日、お寺さんから須弥檀(しゅみだん)納骨合同孟蘭盆(うらぼん)法要の案内の葉書がきました。
お寺に納骨した人が対象の法要のようです。7月8日に行われるのですが10日前に突然通知が来たのでびっくりしました。

ネットで検索しましたが、あまり須弥檀納骨合同孟蘭盆法要って一般的で無いようでよくわかりません。
納骨合同法要で検索したらペットの場合には、よくあるようです。

2007年06月15日

●月の命日

今日は月の命日でお坊さんがお経をあげに来ました。
でも平日の日中なので母親だけが同席しました。

翌月は7月15日でお坊さんが忙しいので、7月12日にお経をあげにくるそうです。

2007年05月15日

●月命日のお勤め

今日は月命日のお経があげられました。午前中は仕事で同席できませんでした。

2007年04月28日

●おあたまし(開魂式)と納骨

今日、おあたまし(開魂式)と納骨がありました。
天気予報はまあまあだったけど、前日から雨が降っていて、おあたまし(開魂式)と納骨の時間は雨が降ってました。その他の時間は雨が降っていなかったので、普段の行いが悪いのかなって思ったりもして。

最初に、おあたまし(開魂式)ですが、お供え物を供えて、花は松の入ったカラフルな花束を飾ります。蝋燭は赤色の和蝋燭です。線香も灯します。参列してくださった親戚が、お菓子のお供え物を持ってきてくださいました。黄色と白のリボンのノシのうえから地味な包装紙で包んでありました。

おあたまし(開魂式)が終わったら、遺骨を墓に収納し花を黄色と白の菊に入れ替え、蝋燭も白色のものに入れ替えます。墓に遺骨をどうやっていれるのかなって思っていたのですが、石材弥さんが花とか蝋燭を置く台を引いて倒すとお墓の中が空洞になっていて、そちらのほうに収納するようになってました。結構広くて、多くの骨壷を収納できるようでした。

お寺に分骨する場合は喉仏の骨の入った小さな骨壷は僧侶に持ち帰ってもらいました。
白木の仮の位牌と骨壷の袋は石材屋さんに引き取ってもらいました。

「おあたまし(開魂式)」と納骨のお布施は1万円づつで2万円で袋は1枚で「おあたまし(開魂式)」と納骨のお布施を一緒の袋に入れました。分骨は2万円で収骨料と書いた袋に入れました。

親戚の方も皆さん礼服で参列されてました。

雨天だったので、せわしなかったのですが、僧侶さんに仏壇のご飯はどうすればよいのですかって聞いたら、朝に炊き立てのご飯を供えたら、お昼にはさげて、食べてくださいって事でした。

2007年04月24日

●百か日

今日は百か日でした。仏壇には赤い和蝋燭を灯します。いろんな人にいろいろ聞いたんですが、聞く人によって言うことが違うんですが、一応、黒っぽい服を着ればよいというので黒のトレーナーで出席しました。家族と弟だけで営みました。
法要が終わっていろいろ聞いたのですが、百か日は礼服にする必要はないけど、黒色にこだわることはないけど、カジュアルな服よりは背広などの正服のほうが望ましいということでした。

仏壇のご飯を乗せる上卓の幕を横にはみ出た部分を折っておいたのですが、横は出したままで良いということで僧侶が直してくださいました。幕の上卓より前側はアイロンがけするかして折り目をつけておいて下に垂れるようにしたほうが良いとのことでした。
参列者全員の焼香もありました。

僧侶さんに和菓子とお茶を用意して、お経が終わると出します。

週末に納骨があるので、そちらのほうの打ち合わせもしました。まず新しいお墓なので「おあたまし(開魂式)」をして、その後に納骨をします。「おあたまし(開魂式)」はおめでたい行事で納骨は法要なので、使う花が違います。「おあたまし(開魂式)」は松を入れて、色のついた花を混ぜても良いそうです。納骨の時には白と黄色の花を使います。
お寺に分骨する場合は喉仏の骨の入った小さな骨壷は僧侶に持ち帰ってもらうようです。
必ずしも分骨しなければいけないというものでもないですが、毎日お経をあげてもらえるのが良いと母親が言うのでお寺に分骨することにしました。
納骨すると祭壇は片つけないといけないのですが、白木の仮の位牌と骨壷の袋は石材屋さんに燃やしてもらうのが一般的だということでした。
納骨の時間が決まったので、一応親戚に連絡しました。親戚を揃えないといけないというわけではないけど、何も知らせないというのもどうかというので、連絡しました。
石材屋さんにも納骨の時間を連絡しました。お墓に遺骨を入れるのは石材屋さんがしてくれるそうです。白木の仮の位牌と骨壷の袋の焼却も石材屋さんがしてくれることになりました。
祭壇は、葬儀社に処分してしまうことになっているので納骨が終わってから連絡しないといけないです。

ちなみに百か日のお布施は1万円にしました。「おあたまし(開魂式)」と納骨のお布施は1万円づつで2万円にしようと思ってます。袋は1枚で「おあたまし(開魂式)」と納骨のお布施を一緒に入れても良いそうです。分骨は2万円で収骨料と書いた袋に入れるそうです。
納骨の時は礼服で営むそうです。

祭壇に飾ってある父親の写真は、片付けても良いし、欄干に飾ってもどっちでも良いそうです。

細木数子が亡くなった人の写真を欄干などに飾るのは良くないって言っていたけど、根拠の無いことだそうです。細木数子は神社の作法や葬儀の作法とかで、いろいろ言っているけど、実際の作法と違うことを言ったりするので混乱が起きている場合もあるということでした。

2007年04月16日

●分骨、永代経、門徒

今日、知り合いの浄土真宗のお坊さんに、分骨、永代経、門徒について聞いてみました。
俊は父親に対して感謝の気持ちをもって、供養をきちんとしたいと思っているけど、自分自身が仏教の門徒になってお寺を支えていく気持ちは無いんです。
いろんな人の話を聞くと分骨は必ずしも、しなければいけないというものでも無いようで、分骨するとずっとお寺でお経をあげてもらえるというのは安心というのもあるんですが、分骨すると人質をとられているような感じで、永代経やその他のお寺の行事や寄付など義務が一生付きまとうのも困るという気もするんです。
永代経自体がお寺によってするお寺としないお寺があるというようですが、永代経というのはそのお寺が永遠に存続するための寄付という意味合いが強く、その額も30万円とかするらしいので、とても対応する余裕は無いので、避けたいと思うのです。そいうのに参加すると、もう門徒も同然なので、後戻りできなくなっちゃう。
それで、分骨、永代経、門徒との関連性と、父親は丁重に弔いたいけど、門徒にはなりたくないんだけど、どうすればいいのか聞きました。
分骨と永代経と門徒というのは微妙に関わってくるので、分骨だけして永代経に関わらないとかいう例もあることはあるけど、知り合いとは言え、浄土真宗の僧侶という立場上、好ましいとは言えないということでした。
かといって、浄土真宗で葬儀をした場合、みんなが、そのお寺の門徒になるわけでは無く、四十九日までで法事をしない例も結構あるようです。
これから納骨が終わって、1周忌とか、またそれ以後の法事を続けるのであれば、永代経やその他のお寺との関わりを保つほうが好ましいということでしたが、知り合いの浄土真宗のお坊さんも答えづらそうに難しいなあ難しいなあと連発してました。知り合いということと浄土真宗の僧侶という立場の板ばさみになって返事しづらかったんだと思います。
母親に永代経というものがどういうものであるかを説明し、分骨をどうするか相談したのですが、とりあえず分骨だけはしたいということだったので、とりあえずは分骨して、その後の事についてはどうするか、また検討しようということにしました。こうやって、だんだんなし崩し的に門徒になっちゃうのかなって不安に感じます。

2007年04月15日

●四十九日と百か日

今日は月のお勤めでお坊さん(月のお勤めは僧侶とは別のお坊さんがおいでるんです)がおいでたので、いろいろ聞きました。
百か日というのは、やっぱり当日に行うもので日を早めたり遅めたりするものではないそうです。
四十九日も同様で当日に行うもので日を早めたり遅めたりするものではないという事です。
たまたま父親の四十九日は日曜日だったから当日にしたけれど、四十九日の当日が平日だったら、親戚を呼んで四十九日をするなんてことは出来ないと思うけど、みんなどうしてるんですかと聞くと、そのお寺の門徒さんは、みんな仕事を休んで当日にしてるということでした。
まあ百か日は夜にしてもらえることになったから、四十九日も夜にすれば良いのかもしれませんが。

四十九日がどうしても当日に出来ない場合はその週の週末、つまり後にするほうが早めにするようりは良いそうです。四十九日以外の法要は当日できない場合は遅くするより早めにしたほうが良いとのことでした。

●永代経

百か日が近づいてきて、百か日に納骨の件で僧侶さんと相談するということだったので、今後、お寺さんとどう付き合っていくのか、決めないといけないので、いろんな人に聞いたり調べたりしました。

喉仏の骨を入れた小さな骨壷をいつも法要をお願いしているお寺に納骨する場合は2万円ということだったんでんですが、お寺に納骨すると、永代経とか、お寺といろんな付き合いが必要になるようで、骨は必ずしも分けてお寺に預ける必要がないとも聞きました。

永代経とは、お寺が永遠に存続するために行う寄付のようなもので、故人を弔うということに直接は関係ないようで、金額も相当高額になるようです。父親に感謝の気持ちを持って供養する気持ちと、お寺の門徒としてお寺とつきあっていく希望があるかどうかということは自分の中では別問題の事なので、ちょっと困っています。

2007年04月08日

●法要の諸費用

墓ができる日も近くなり、百か日も近づいてきたのですが、四十九日までは葬儀屋さんがお布施の金額とかを教えてくれてたのですが、葬儀屋さんもそれ以降の法要については詳しくないということでちょっと困りました。
他の人に聞いても言うことがバラバラで一貫性が無く、仕方が無いので知り合いの浄土真宗のお坊さんに教えてもらいました。
同じ地方で同じ宗派でも、そのお寺さんによって、金額の違いがあるので、はっきりとした相場というものはないとのことでした。
それでも、大まかな金額を教えてもらいました。
百か日の法要は1万円ということでした。
新しくお墓を建てたときのお払いは1万円、お墓への納骨は1万円で合計2万円ということでした。
喉仏の骨を入れた小さな骨壷は京都本山へ納骨する場合は12万円、金沢の東別院に納骨するする場合は5万円、いつも法要をお願いしているお寺に納骨する場合は2万円ということです。
ちなみに1周忌の法要のお布施は2?3万円ということです。

2007年04月04日

●百か日と納骨の日取り

百か日を少し早めて土日に納骨と一緒に済ませたいと思ったのですが、百か日はちゃんと当日に行い、納骨はその後の土曜日に行うとお寺から連絡が入りました。
そういう訳で、百か日は夜にすることになりました。
いろんな人に効くと百か日は、そんなに大げさにしなくても良いという事なんですが、お寺さんは四十九日と同様だと言うんです。
とりあえず俊の家と弟の家族だけ揃ってお勤めしようと思います。

2007年04月03日

●お墓の納骨

お墓が出来上がる予定の日が判ったので、お寺に納骨などの打ち合わせをしようと、お寺に連絡しました。お墓が出来上がる日が百か日に近いので、百か日と、お墓への納骨と、喉仏の骨のお寺への納骨を一緒に出来ないかと相談したのですが僧侶が不在のため返事待ちということになった。

2007年03月31日

●正信偈って、いろいろ読み方があるんですね

お通夜や法事で必ず正信偈のお経が読まれるんですが、正信偈って同じ浄土真宗でも、いろいろアクセントの違う読み方があるようです。
金沢の場合は真宗大谷派が一番多いのですが、真宗大谷派の正信偈はmp3のファイルをインターネットでダウンロードできるようです。家族で唱和するときや練習する時には便利です。

上記の正信偈は分割してファイル化しているので、複数のmp3を連続して再生するのはm3uファイルを作成すれば良いです。具体的にはメモ帳やシンプルテキストといったテキストエディタを開き

C:\Documents and Settings\syun\My Documents\My Music\syosinge1.mp3
C:\Documents and Settings\syun\My Documents\My Music\syosinge2.mp3

など連続して再生したいmp3ファイルを順番に記入します。C:\Documents and Settings\syun\My Documents\My Music\の部分はパソコンによって違ってきますので、各自のパソコンのアドレスをコピー&ペーストしたほうが良いです。
全部記入したら適当なファイル名にてデスクトップに 正信偈.m3u とかいうファイル名にして保存します。保存場所はデスクトップで無くてもどこでも良いですし、ファイル名も適当でよいのですが拡張子は.m3uにしておかなければいけません。
再生するときには、保存したファイルをダブルクリックすれば再生が始まります。

2007年03月21日

●彼岸のお勤め

今日は彼岸の中日ということで、通常は墓参りをするんですが、まだ墓が出来ていないので自宅に家族で正信偈を唱和しました。

ちなみに、石材屋さんに連絡したら4月4日ごろに中国から墓石が届くそうです。中国から、どんな形で届くのか見に行こうと思います。

四十九日が済むと、父親が亡くなった毎月の15日にお坊さんがお経を唱えにきます。その他には毎週日曜日に家族で正信偈を唱和しています。

2007年03月18日

●葬式にも、いろいろ

父親が亡くなって2ヶ月たったのですが、何故かここのところお通夜やお葬式に行く機会が連続してあり、自分の父親が亡くなって、いろんな経験しただけに、ご家族の気持ちを考えると本当に悲しいことですし、今までの出席とは違った視線で見ているような気がします。
お葬式で、参列者が葬儀場から霊柩車で遺体を運ぶのを見送るというのも知らなかったことですし。

それにしても、浄土真宗の葬儀といっても、いろいろな葬儀があります。
僧侶が1人の場合もあるし3人の場合もあります。
お通夜のお経の後の正信偈も本を参列者に渡して全員で唱和する場合や、知ってる人に唱和を依頼する場合や僧侶だけが唱える場合とか。でも最近は唱和を呼びかける場合が一般的なので、お通夜に参列する時には、正信偈の本を持っていれば持って行くのが良いみたいです。

告別式(葬式)に知人による弔辞を頼む式場もあれば、そういうのが無い式場もあります。

金沢では通夜での焼香は通夜が儀が始まる前にして、その時に遺族に挨拶をするのが一般的ですが、それまでに焼香の済んでない人は通夜のお経と正信偈の間に僧侶の休憩があって、その時間に焼香する場合もあるし、通夜のお経と正信偈を続けてした場合は、遺族の挨拶があった後に各自焼香することあります。

弔電については、1部だけ内容と差出人を披露しますが、残りの弔電については全部の弔電の差出人の名前を読む場合もありますし、省略する場合もありました。政治家の弔電を最初に読む場合もありますし、そうでない場合もあります。
参列する側からすると、1部だけ内容と差出人を披露して、残りの弔電については省略し政治家の名前は読み上げない方がスマートだと思いました。

告別式(葬式)の焼香順については親族の続き柄が近い人から焼香するのは、どこも同じですが、こちらも通夜で香典をいただいた人も含めて、順番を決めて名前を読み上げて焼香していただく場合や、親族の後は、数人の重要な参列者の名前を読み上げて、それ以外については名前を読み上げず座っている場所によって順番に焼香していただく場合もあります。
こちらのほうも参列する側からすると、数人の重要な参列者の名前を読み上げて、それ以外については名前を読み上げず座っている場所によって順番に焼香していただく方がスマートだと思いました。
名前を読み上げても誰も焼香せず、時間が空いてしまうのは、あまり良い光景ではないですし、最後の方に名前を呼ばれるのも、あまり気持ちの良いものではないような気がします。

死亡広告で供物や供花をお断りしますと掲載した場合(広告料は文字の行数によって決まるので、この文を入れるだけで広告料はかなり高くなります)お菓子や果物の籠は飾られていませんし、花の籠も、組合とか会とかの花だけで、親戚関係の名前の入った花は飾られません。

通夜や告別式(葬式)での親族の挨拶も喪主がする場合もありますし、喪主以外の親族がする場合もあります。

2007年03月17日

●通夜での正信偈(しょうしんげ)

父親が亡くなってから急に知人のお通夜に出ることが多くなっているんですが、最近通夜で列席者に正信偈(しょうしんげ)の唱和を求めることが多くなっているようです。
会場で正信偈の本を配る場合もあるし、配らない場合もあります。
配る場合は、結構慣れている人が多く、唱和に加わる人が多いです。

家に正信偈(しょうしんげ)の本(読み方分かりやすい)がある場合は、通夜の時にはそうぎじょうにに正信偈(しょうしんげ)の本を持っていったほうが良いようです。

2007年03月14日

●四十九日後の月命日の法要

四十九日後の初めての法要(亡くなった15日の日に毎月行うの法要)は坊さんの都合で1日早く行われました。午前中ということで、誰も都合がつかなかったのですが、母親だけ同席しました。

いろいろ聞いたのですが、四十九日が終わると、祭壇へのお参りはしなくてもよく、仏壇だけのお参りでよいそうです。
まあ遺族の気持ちにしてみれば、父親の遺影(写真)や白木の位牌、遺骨がある祭壇のほうが仏壇より大切な気もするのですけど。ましてや本式の位牌がまだ仏壇に設置されていないですし。

座敷の人形に紙をかぶせてあったのも四十九日が終わると外すそうです。
もちろん、玄関に貼った喪中の紙も四十九日が終わると外します。

2007年03月04日

●四十九日法要

四十九日は故人の霊がが来世でどこに行くかが決まる日ということで重要な日だそうです。四十九日の当日行うのが良いようです。当日行えない場合は、どうすればよいのか、いろんな人に聞くと早めにするのが良いという意見が多かったのですが、お坊さんはできるだけ当日にして下さい、どうしても無理ということでしたら、四十九日の週末にして下さいということでした。四十九日だけは早めに行うと良くないそうです。

四十九日は家族や親族が集まり法要を営み、忌明け(きあけ)の会食を開きます。
四十九日は、喪に服していた遺族が日常生活にもどる日で、忌中の張り紙を外します。
四十九日までは結婚式の出席や神社への参拝はいけないようです。

親戚に、足の不自由な方が多かったので、自宅での法要はやめにして、法要も食事も米永の会館を利用することにしました。仏壇でのお参りや法要、食事も全部1階でできるようにしていただきました。

結構早くから、親戚の方がおいでていたのですが、ぎりぎりの時間においでる親戚もおられて、僧侶を待たせることになりやしないかと気をもみました。当日、人数の変更(増えた)が必要になって、焦ったのですが、米永さんはなんとか対応して下さって助かりました。当日は大人は、皆さん礼服でした。

米永の会館は国道8号線のレストラン「サントス」を利用して改装した会館で、美しい庭にはびっくりしました。僧侶の控え室から見える庭の景色は見事です。米永の会館には、ほかにもう1つ庭があるそうです。

親戚の何人かは、お供えするお菓子を持参されました。
親戚の方が、1人当たり10000?15000円程度をを包んでこられました。そういう風習も知らなかったのでびっくりもしましたし、親戚に負担をかけて申し訳ないと恐縮もしました。親戚づきあいも大変だなと思ってしまいました。

庭の見えるロビーで、いろんなことを話しながら僧侶のおいでになるのを待ちました。家から持参したお菓子を出したりもしました。お茶とかは会館で出してくれました。

白木の位牌は仮のものなので、四十九日の法要までに本位牌を準備しないといけないのですが、院号法名の札(紙)ををまだ受け取ってなかったので祭壇に飾ってあった白木の位牌を持っていきました。でもお坊さんが、そうされるくらいですから、それでも問題ないのだと思います。遺影の写真と骨壷も持って行きました。

僧侶がおいでになったのでお迎えに玄関に出ました。
僧侶より、骨壷を僧侶控え室に持ってくるように言われて持っていきました。
お布施をいつ渡せば良いのかわからなかったので、僧侶控え室に入ってからすぐに渡しました。30000円を包みました。
骨壷を袋から取り出して、骨壷に院号法名を記入なさいました。記入の後、骨壷の袋に戻すよう言われましたが、これが結構難しくて、危なっかしかったので、結局、お坊さんが戻してくださいました。
院号法名の札が届いたということで、受け取りました。院号法名料の領収書も渡されました。
院号法名の札は掛け軸にして本位牌として仏壇の中に仏様に向かって右側に掛けておくのだそうです。

僧侶の準備が整い、会館の座敷で法要が始まりました。足の不自由な方が多いと伝えてあったので座椅子を4台用意していただきました。線香やろうそくの火も、会館の人がタイミング良くつけて下さいました。

お経や焼香が終わって、食事の時間になりました。
最初に喪主があいさつして食事になります。懐石風料理なので、料理は少しずつ出されます。葬儀社が経営する会館なので、食事についてはそんなに期待してなかったのですが、どの料理も珍しい食材を使ったりして凝った料理でした。味も申し分なく美味しかったです。四十九日に列席していただいた親戚の方々も美味しい美味しいと言ってくださり、誰も残さずに食べていただけました。本当に満足でした。四十九日は精進料理ではありません。

食事もだいたい終わって、お互いが様子を伺いながら、ざわざわしだし、会館の人も、もうそろそろみたいですねっていうことだったので、最後の挨拶をしようと思ったのですが、席を外している人がなかなか戻ってこなかったので挨拶ができませんでした。
そうこうしてると、やっと全員が揃ったので、お礼の挨拶をしてお開きとなりました。

お供えに、いただいたお菓子も配ってお土産と一緒に持ち帰っていただきました。

2007年02月25日

●五七日の法要

今日はお昼に五七日の法要がありました。

2007年02月23日

●四十九日の打ち合わせ 

四十九日が近づいてきたので、出欠の確認と、場所がわかるかの確認の電話をしました。

お坊さんに四十九日に行われる事の確認もしました。
お寺さんに預ける小さいほうの骨壷は、四十九日とは別の日(四十九日以降)に納骨の日を設定して納めるということでした。お坊さんも四十九日の法要の後の食事にも出ていただけるということでした。

だいたいの人数も決まったし、席順と、食事の数とお土産の数を決めて米永さんに連絡しないといけないです。

2007年02月18日

●家族で正信偈

今日はお坊さんの都合がつかないということで、家族だけで正信偈を唱和しました。

娘が、とても上手に唱和するのでびっくりしました。

2007年02月15日

●立日の法要

今日は午前中10:00頃から立日の法要がありました。
父は1月15日に亡くなられましたので、翌月の同じ日である2月15日ということです。
仕事の都合で参加できませんでした。

2007年02月11日

●四七日の法要

今日はお昼に四七日の法要がありました。

2007年02月04日

●親戚に四十九日の法要の時間を連絡

四十九日の時間が決まったので、親戚に時間を電話連絡をしました。

一応、出席できるかどうかの確認もしました。当初出席予定の人で、出席できなくなった人もおいでました。参列する人のほうも、いろいろ考えると思いますが、執り行う側としても、参列をお願いしてよいものか、お願いしないほうが良いのか、どのあたりの関係の親戚まで呼ぶのかとかいろいろ考えて大変なんです。なかには遠慮して出席を控えたいと言う親戚もおいでるんで、そういう場合は無理強いもできないです。

とにかく僧侶も含めた最終的な人数を米永さんに連絡しました。
仏壇を1階におろしていただく件も、間違いの無いよう確認しました。

●お寺に、四十九日の予定を確認

午前中に、三七日の法要がありましたが、主要な法要以外はお手つぎのお寺の住職以外のお坊さんがおいでているので、お寺の住職に電話で四十九日の予定をお伺いしました。
法要の時間と住職が食事にもおいでいただけるのかの確認です。
法要は11:00からで食事の席にもつくけど、当日は他に法事があるので途中で退席されるということでした。
墓が出来てないので、納骨はできないのですが、分骨の小さい骨壷はどうするのかも聞きましたが、墓ができていないので、四九日に分骨しないで、また別の日に分骨するということでした。

●三七日の法要

今日は午前中に三七日の法要がありました。
親戚の方もおいでくださいました。
お坊さんが、仏壇の線香の置き方を教えてくださいました。
2本の線香を3つに折って三本ずつ交差して置きます。浄土真宗の場合は立てたりはしないそうです。

葬儀の際、従兄弟に受付や香典の精算をお願いしたのですが、親戚の方に心だけのお礼(1人2000円)を従兄弟に渡してもらうよう託けました。

祭壇がまだ残っている場合、僧侶の座布団は祭壇の前と、仏壇の前と、その他に1枚と合計3枚必要です。
法要で仏壇で焼香する場合、僧侶が座る座布団へは僧侶以外は座ってはいけません。僧侶以外が仏壇で焼香する時には座布団を入れ替えることが必要です。

2007年01月29日

●四十九日の会場の打ち合わせ

今日、米永さんと四十九日の会場の打ち合わせをしました。

仏壇の確認をしたら仏壇が2階にあるということで、それでは都合が悪いと言うと、その日は仏壇を1階に降ろしておいてくださるということになりました。

足の不自由な親戚が多いので食事はテーブルでしていただくことにしました。
また、同じ理由で、法要の時には座椅子をあるだけ用意していただくように頼みました。

一応、11:30から四十九日の法要をする予定にして、最終的な時間は僧侶の予定を聞いてからということにしました。

僧侶が食事の時に列席されるかとか、親戚の出席者数がはっきりわからなかったので、正式な人数は直前でも良いということでした。

四十九日の法要には骨壷と、遺影(故人の写真)と白木の位牌を持参するのだそうです。

四十九日の服装は礼服です。

四十九日の日に墓ができていれば納骨も一緒の日にする場合も多いそうです。

法事の料理の料金はどこでも結構が高いです。料理は7000円、お土産の籠3000円、お土産の豆のおこわ1000円のをお願いしました。

米永さんに聞いたら、僧侶が食事の時に列席さえれない場合は布施とは別に御膳料として5000?10000円を包むそうです。
四十九日のお布施は30000円だということです。

2007年01月28日

●二七日法要

今日は夕方に二七日法要がありました。
家族だけでの法要で平服でした。2000円包みました。

法要が終わってから、父の貯金から、俊の子供たちと弟の子供たちには20万円ずつ、俊の嫁と弟の嫁には10万円ずつ、弟にはそれなりの額を配りました。

法要が毎日曜日なのでみんなが出席できるので良かったです。

2007年01月25日

●四十九日の場所

四十九日の場所をいろいろ検討したのですが、親戚に足の不自由な方が多いので自宅での法要はできません。それで仏壇があって、なおかつバリアフリーの会場で判りやすい場所という選択になるので、対象が限られてしまいます。
葬儀をお願いした米永さんも四十九日などの法事を行う会場をもっているということだったので、場所が松任ということで少し遠かったのですがお願いしようかということになりました。米永さんにお願いすれば、引き出物の心配もいらないし、全部取り仕切っていただけるので安心かなと思ったんです。
松任と言っても国道8号線で場所が判りやすいし、金沢に近い位置にあるんです。昔、サントスというレストランがあった場所です。
そういう訳で、米永さんに、相談したいので1度寄って欲しいと連絡しました。

他に会場の申し込みがあると具合悪いということで、とりあえず会場をおさえておいていただけるということになりました。

米永さんは葬儀だけではなく、仏壇(こっちが本職?)や墓、法事もやっています。そういう事業もやっていますとは言いますが、営業がそんなに強引ではなく、こちらのほうから相談すれば親身に相談にのってくれるという感じで、とても好感が持てます。

2007年01月21日

●初七日の法要

今日は初七日の法要がありました。
金沢では初七日の法要は家族だけで行うことが多いのですが、親戚の方も随分列席していただきました。みんなで正信偈を唱和しました。
仏壇に上卓が揃い、僧侶に見てもらったのですが、上卓に乗せる幕が必要だということでした。

葬儀社から、葬儀以外の月忌(毎月の命日)などのお布施は2000円で良いと聞いていたので、お布施は2000円包みました。
四十九日や一周忌など大きな法要のお布施の金額は、それなりに高額になります。

初七日の法要後にお寿司をとって用意しました。この時には魚も入った普通のお寿司を用意しました。

追伸.
後ほど、いろいろの人に聞いたら、月忌などのお布施は3000円というのが多いようです。

2007年01月20日

●四十九日の下見

四十九日は葬式後に行われる法要の中では大きな行事です。
親戚の人が集まってお経をあげて、精進明けの食事をします。亡くなった父親の兄弟と、父親の配偶者である母親の兄弟、それと父親の子供の家族と、父親の子供の配偶者の実家あたりが対象です。
料理の場所の確保も必要なので、予約は早いほうが良いということで今日(父親が亡くなった5日後に)近所で美味しいと評判の料理屋に下見に行きました。法事の料理に対応できるということだったのですが、座敷が2階にあり階段が狭く急だったので断念しました。
親戚に足の具合が悪い人が多く四十九日の法要はバリアフリー対策が整った施設でないと対応できなく、お経自体も自宅ではできないということに気づきました。

四十九日関係のダイレクトメールも何通か来ていたので参考にして検討することにしました。

●ダイレクトメールがいっぱい届く

墓石や四十九日の法要の料理などのダイレクトメールがいっぱい届きました。あまり気持ちの良いものではありません。

2007年01月19日

●米永さんの葬儀の評判は良かった

挨拶回りをして、いろいろ話をしたんですが、米永さんにお願いした葬儀は、とても評判が良かったです。家族や親戚も、本当に職員の人が親切だったと感謝の気持ちでいっぱいで満足していたのですが、列席者の人も、真心の行き届いた対応だったという意見が多かったです。
弔旗なども、ちゃんと片付けて届けていただいたり、葬儀当日は少し雨が降っていたりしていたのですが、参列者が帰る際には自動車のところまで傘を差していただいたり、他では経験したことのない事だったということでした。
祭壇も、そんなに高い料金の祭壇で無かったのに、りっぱな祭壇だと言っていただいたり。
本当に米永さんにお願いして良かったと思いました。

2007年01月18日

●中陰の法要

斎場から葬儀場へ戻ると、今度は中陰の法要があります。中陰の法要は近しい親族と、生前故人と特に親しかった人とで執り行われます。お経があげられご焼香をしました。

中陰の法要が終わって中陰の宴席があります。中陰の宴席の最初に喪主の挨拶があります。
中陰の食事は当然精進料理です。
適当な時間に僧侶の席から挨拶に周ります。
中陰の時には締めの挨拶はないので、適当な時間に、親戚に帰るきっかけをつくって貰います。
中陰の食事が終わったら帰るときに中陰の列席者に残った花や籠盛りの果物を分けて持ち帰ってもらいます。その他にもお土産品を用意しました。
タクシーで帰られる人には、タクシーの運転手にタクシーチケットを配るように葬儀社の人に頼んでおきました。

中陰の参列者が全員帰ったら、葬儀社の事務室に預かっていただいた香典のお金をいただいて帰ります。もちろん遺骨と遺影も持ち帰ります。

葬儀社の人は、余った花や、余った果物、お菓子、香典袋、香典帳などを持ってきてくれます。それから自宅の祭壇の飾りつけもしてくれます。

忌中の紙を玄関に貼ります。

中陰の食事は、なかなか美味しかったです。

●火葬

斎場につくと棺おけを斎場の待合室に運び、僧侶による読経があり、棺おけの周りを右回りに周って最後のお別れをします。
それからいくつか並んでいる火葬炉の中で自分の苗字の書いた火葬炉のほうに運び、火葬します。

火葬が終わるまで70分程度かかりますので、まず骨壷を選びます。大きさや袋のデザインに何種類かのものがあります。あまり大きな骨壷を選ぶと納骨の関係で支障があるということなので、ごく一般的な大きさの骨壷を選びました。骨壷は大きい骨壷と、小さい骨壷がセットになっています。骨壷のお金はその場で支払います。1万円でした。

控え室(ロビー)で火葬が終わるのを待ちます。その間、飲み物を注文し、持参したお菓子をひろげたりしてました。お腹がすくということで葬儀社でおにぎりを用意してくれました(後で請求されてました)。
火葬が終わると、連絡があり、飲み物の会計を済まし(料金は喪主が一括して支払います)、火葬炉の中に入ります。

当然ですが、身体の各部分の骨は、その位置に置かれていますので、焼かれた骨はどの部分の骨か一目瞭然です。

最初に、喪主が喉仏の骨を小さい骨壷に入れます。喉仏の骨の入った小さい骨壷は分納する場合に、その小さい骨壷を寺に預けることになります。必ずしも分骨しなければいけないということではなくて、大きい骨壷と一緒に墓に入れてもかまいません。

喉仏の骨を小さい骨壷に入れた後は、全員で上半身の骨を中心に大きな骨壷に入れます。大きい骨は割って骨壷に入れます。最期に頭蓋骨の綺麗な部分で蓋をします。

遺影と骨壷をもってバスで葬儀場に戻ります。

●出棺

告別式が終わると、会葬者のお帰りの際に菓子盛りのお菓子を会葬者に配ります。
会葬者の人で出棺を見送っていただける方はロビーに待機しています。
出棺する際には、親戚が祭壇の花を棺おけに入れます。この時が遺体を見る最後の時になります。
出棺の時には涙が出て止まりませんでした。本当にどうにかしてしまったような感じです。
棺おけを霊柩車に乗せて、喪主ほか近親者が一緒に乗ります。他の親戚はバスもしくはタクシーに乗って火葬場に同行します。一部の会葬者は残って、出棺を見送っていただきました。出棺を見送っていただいた会葬者は、やっぱり遺族にとっては印象が残るものです。

●告別式

告別式は10:00からはじまりました。親戚以外でお通夜と告別式の両方に列席される方は少ないのですが、それだけにお通夜と告別式の両方に列席していただける人というのはありがたく感じるものです。
僧侶入場の際には親族は起立して一礼をしてお迎えします。
読経、僧侶による焼香の後で、弔辞をする場合は、弔辞が行われ、その次に弔電を読み上げます。弔電は普通は数件だけ内容を読み上げ残りは弔電の差出人の名前だけを読み上げます。弔電の差出人の名前の読み上げは省略する場合もあります。
その後に、焼香が行われます。焼香は喪主から始めてその後、親族、親戚、その他の会葬者の順番に焼香します。焼香の順序は名前を呼ばれてから焼香する場合と座った席順に焼香する場合があります。
焼香の時には左手で数珠をもち最初に僧侶に一礼し、2,3歩前で遺影を正視してから一礼し、焼香台の前に進み出て、数珠を両手にかけて、合掌したあと、右手の親指と人差し指、中指の三本で、香箱の香をつまみ、そのまま、香炉におとします。浄土真宗大谷派(東)の焼香は2回で香を額にかざすことはしません。終わって、ふたたび遺影に合掌し、うしろ下がりに三歩ほどさがってから、席に戻ります。
一般の会葬者は席に戻る際には遺族に一礼します。遺族は会葬者の一礼の際には座ったまま応じます。
焼香が終わると僧侶は退席します。僧侶の退席の際にも遺族は起立して一礼します。
僧侶退席後に遺族からの挨拶があり、閉会の辞が行われ告別式は終わります。

●葬儀のお布施

告別式の30分前には僧侶がおいでますので、僧侶がおいでた時に会場の案内の方が呼びにこられます。葬儀社の方に案内されて、僧侶控え室に行き、3人分のお布施と院号法名料を僧侶に渡します。導師のお布施は15万円で、その他の僧侶にはその半額ずつだと葬儀社の方に聞いていたのですが前日に僧侶から導師に15万円から20万円、その他の僧侶には6万円ずつだということでしたので、導師に17万円、その他の僧侶に6万円ずつ包みました。
この時のお布施は、亡くなってから最初のお経である枕経から仮通夜、通夜、告別式、斎場での法要、告別式の日に行われる中陰の法要までのお布施です。
院号法名料は8万円と僧侶から聞いていたので8万円を包みました。法名料は通常の法名の場合は3万円、院号法名の場合は8万円のようです。
院号法名は白木の位牌に名前を書いてもらって祭壇に飾ります。
浄土真宗の場合は後日に、院号法名を書いた札(紙)をいただけるのですが、その札を掛け軸に装飾して仏壇に掛けておきます。浄土真宗ではその掛け軸(院号法名軸)が位牌となります。

●告別式の朝は忙しい

告別式は葬儀式場で親戚の方々と宿泊したので、葬儀社に朝食を用意してもらいました。
朝食を終えてから告別式までの時間は、することが多く大変です。

朝8:30から司会者との打ち合わせがありました。
前日から電報を預かっていたのですが、電報の読み上げる順番を詳しく決めいなかったので、ちょっと焦りました。結局、政治家の電報は読まないで無視するという俊の希望は受け入られなったのですが、仕事関係の電報を先に読むという事と、政治家も実際に関係のある政治家から読み上げて国会議員の電報は後に読むという事で妥協しました。他の人の告別式で、政治家の電報は読まなく、他の電報も一部だけしか読み上げないという例が結構あるのですが、今回は最初から全部読むのが当然という感じになっていたのが、ちょっと残念でした。
それから、焼香順の確認もありました。こちらのほうは前日に決めておいたので問題無かったのですが、電報と違って香典袋には読み仮名が書いてないので漢字の読み方がわからない人もあったりして、親戚に聞いて周ったりしてました。焼香順は基本となる順番は、お通夜の香典を記入した香典帳をもとに順番を決めるのですが、お通夜においでなくて、告別式においでる方もいますので、告別の受付で香典をいただいた人をどの順番に焼香してもらうか、その都度、司会者に指示しないといけません。その都度司会者は読み上げる台本に付箋をつけたりして読む順番をわかるようにします。
焼香の人を読み上げるのも、お通夜においでた人も、香典を預けて届けてもらった人も、全部名前を読み上げるのが当たり前というような感じで打ち合わせがあったのですが、他の人の告別式では、親戚は全員の名前を、そのほかの人は一部の方だけ読み上げて残りは座席順に焼香してもらう方式をとる例もあります。全員の名前を読み上げると途中参列していない人が続き間延びした感じになってしまうので、一部だけ名前を読み上げるほうが良いと思いました。

告別式には遺族は、早めに待機してないといけないのですが、お通夜と違い、告別式へは、そんなに早くおいでになる方はいません。

前日の通夜での香典は早めに葬儀式場の事務所で預かっていただきます。
当日の告別式の香典も、事務所で預かってもらいます。

●告別式の挨拶

本日はご多忙のところ故人のために御会葬くださいまして、誠にありがとうございました。
故人生前中は皆様より格別な御厚情、御愛顧をいただきまして誠にありがとうございます。

父は、負けん気が強くて仕事熱心な人だったという印象が強いのですが、思い返してみると、若いときはスキーが好きで、よくスキーに連れていってくれました。
その他にも、子供の頃、旅行や遊園地などいろんなところに連れて行ってくれた父でした。
また佐藤先生からアユ釣りを教えていただいてから、アユ釣りに行くのが楽しみになって
アユ釣りの季節には岐阜の宮川や富山の神通川、福井の九頭竜川によく出かけていました。
でも体力に自信が無くなりアユ釣りに行かなくなってから、急に気力が衰え元気でなくなりました。
ここ数年は朝に掃除をして日中には事務所の横の和室で寝ていて、夜にはひとりでお酒を飲んでいる事が多かったです。時々元気なさそうな表情を見せる事もあり、家族として、もっと優しく接してあげられれば良かったのにと思います。

15日月曜日の夕方、父はお風呂に入るため、いつものように、事務所で「あがるよ」って声をかけて
2階にあがり、母親には「はいるよ」って声をかけ、寝室で夫婦の布団を敷いてからお風呂に入りました。いつものように食事の準備をして父がお風呂から上がるのを待っていたのですが、なかなか上がってこないので母がお風呂場に見に行ったところ、父は浴槽のなかですでに心臓が止まっており意識のない状態でした。
救急車で病院に運ばれ一旦蘇生したものの、そのまま意識が戻らず、15日20時28分79歳で、永眠いたしました。
本日、かように盛大なお見送りを受けまして、故人もさぞ満足していることと存じます。
皆様方の故人に対する御厚意を重ねて御礼申し上げますと共に、残された遺族一同にも同様の御厚意を賜りますよう、ひとえにお願い申し上げます。
誠に「そじ」ではございますが、遺族感激の胸中を皆様に「ひれき」して、御礼の挨拶とさせて頂きます

●告別式の挨拶の文を最終的に決めた

夜中にも告別式の挨拶の文を修正してたりしたのですが、あちこち修正したら原稿がぐちゃくちゃになってきたので、自宅に帰って、パソコンで原稿をつくりなおすことにしました。

家に帰って自分の部屋に一人でパソコンに向かって原稿を考えていると、今までの緊張がぷっつり切れたようで、急に涙がでて止まらなくなりました。自分にこんなに涙があったのかと思うくらいです。永い間、涙なんて流すことが無かったので自分の事ながらびっくりしました。

そうこうして告別式の挨拶の文を修正し、プリントして葬儀式場へ戻りました。

葬儀式場に戻ってからは、このブログをつくるために今まで起きたことを整理してノートに書いておきました。このブログはそのメモを元に、記憶をたどって投稿しているものです。

結局、お通夜の夜は一睡もせずに朝を迎えました。
母親から今夜は兄弟で見守りなさいって言われえたので寝てはいけないのかなと思っていたのですが、そいういう意味では無かったようです。見守りなさいと言われて、ただ近くで起きていれば良いのかなと思っていたんですが、線香の種が消えかかっているのを気づかずにいて、親戚が見に来て火種を追加してもらったりして、なんのために起きていたのかって感じだったんですけど。

2007年01月17日

●お通夜が終わって

お通夜が終わって、挨拶とかしてて落ち着くのは20:00過ぎになります。
香典の集計とか香典帳への記帳は、なかなか大変で夜遅くまでかかります。

お通夜が終わると棺おけは控え室に運ばれます。控え室には祭壇が用意されています。蝋燭や線香は火を絶やさないようにしなければいけません。

通夜の日には親戚の多くが控え室に一緒に泊まります。

米永には15畳くらいの和室の控え室が3つあって、1日に1組しか葬儀をしないので全部の部屋を自由に使えます。お風呂もあるし、無料の飲み物自動販売機もあります。歯ブラシもタオルも用意されています。

葬儀式場に頼んでおいた夜食のお寿司とオードブルが用意されてました。お通夜の前には食事をする時間が無いので軽くしておいて、基本的には食事は通夜後になります。お寿司やオードブルはほとんど残ってしまいました。お葬式場の案内の人は遅くまで本当に親身にお世話をしてくださいました。お葬式場の案内の人はその式場専属というわけではなく、葬儀のある米永の各地の式場に、いろいろ周っているのです。毎日通う職場が違い朝早くから夜遅くまでお世話して大変な仕事です。子供は深夜保育のある保育所に預かってもらっているそうですが、式場と保育所の場所が離れている場合など大変みたいです。お寿司やオードブルがたくさん余ったので案内の方に持ち帰っていただきました。

親戚の生け花の費用は金銭の管理者である叔父さんが回収していただいたのですが、そのお金とか香典のお金は控え室の金庫に保管します。金庫といっても小さくて持ち運びできそうな大きさで、誰もいないところに放置しておくのは、ちょっと不用心です。葬儀の間には、葬儀式場で預かってもらうことになります。

お通夜が終わってから、いろいろ決めないといけない事があります。香典帳の記入が終わってから、それをもとに焼香の順番を決めないといけません。名前と住所見てもどういう関係の人か判らない人もいたりしますが、親戚の多くが残っていたので、親戚の人に聞いて、参列者全員がどういう関係の人であるか確認できました。後々のため、どういう関係かわからないひとについては、どういう関係の人か記入しておくと良いです。

その他にも、電報の順番をどうするかとを決めないといけないです。特に政治家(議員)の電報の扱いをどうするかは、いろんな意見があって揉めます。俊は政治家(議員)の電報は無視したかったのですが、反対意見が多くて困りました。

●出棺と通夜

礼服に着替えて、出棺の時間を待ちます。自宅から葬儀場への出棺の予定は16:30だったんですが葬儀社の人が来たのは16:50でした。
棺おけやお供え物は全部、葬儀社の人が運んでくださいました。俊の家の座敷は3階なので結構大変なのです。

葬儀場へついて、葬儀社の式場担当の方から、僧侶さんへの挨拶や、焼香の仕方など、いろいろ説明を受けました。葬儀式場を見てみると仕事関係の花輪がいくつか飾られていました。後からお礼をしないといけないので写真を撮っておきました。

17:30から受付を始めました。18:00には最初の参列者がおいでになりました。
18:00から司会者との打ち合わせが始まりました。

18:30には葬儀式場に着席しなければいけないということですが、参列者が早めにおいでになりましたので早めに着席してました。

金沢のお通夜はお経が始まる前にお焼香を済ませ、遺族に挨拶を済ませておくのが通例なのです。

電報は控え室に届けられ、香典は金銭の管理者である叔父さんのところ(こちらも控え室)に届けられます。届けられた香典は香典記帳用紙に住所、氏名、金額を記入してもらいます。金銭の管理者は実際にある金額と香典記帳用紙の金額の合計が合っているか確認しないといけません。香典とかのお金は葬儀社で管理してくれるわけではなくて、自分たちで管理しなくてはいけません。お通夜の香典は控え室の金庫にいれて保管することになりました。

予定通り19:00からお通夜がはじまりました。僧侶の入場の祭には遺族は立ってお迎えしなくてはいけません。もちろんお辞儀が必要です。

お通夜でのお経について、仏説阿弥陀経と正信偈を唱えるのですが続けて唱える場合や、仏説阿弥陀経と正信偈の途中に僧侶の休憩をとって、その間に、焼香を済ませる場合があります。正信偈は参列者で唱和できる人は一緒に唱和してもらうのですが、正信偈の本を参列者にお預けする場合やそうでない場合があったり、まちまちです。

今回は、仏説阿弥陀経と正信偈を連続して唱えて、正信偈の時には正信偈の本を参列者にお預けして全員で唱和しました。

仏説阿弥陀経と正信偈が終わってから、焼香の終わってない人の焼香がありました。

2007年01月16日

●仮通夜

仮通夜は、平服で行います。もちろん仮通夜の日の食事は精進料理です。寿司屋に魚無しの寿司を頼み、お菓子とおつまみを用意しました。

仮通夜にも親戚が大勢きてくださり、いろんな事を相談しました。

中陰の食事まで残ってくださる人の確認し、親戚が出してくださる生花の籠、お菓子の籠、果物の籠の数を確認しました。ちなみに果物の籠盛りは10500円、菓子の籠盛りも10500円、生花の籠は12600円でした。生花の籠はもっと大きな高いのもありましたが統一することにしました。

受付や会計をしてくれる人の分担も決めました。

お通夜と告別式の挨拶を誰がするかも相談しました。お通夜と告別式の挨拶を誰がするかはなかなか決まらず、結局、お通夜の挨拶は弟が、告別式の挨拶は俊がすることになりました。
中陰の挨拶は必ず喪主が行うのですが、通夜と告別式の挨拶は喪主でも良いし、その他の親族、親戚でも良いのです。

仮通夜には、もちろん僧侶のお経もあり全員での正信偈の唱和もしました。

巻き線香と蝋燭の火は常時つけておき、焼香の種火も絶やさない様にしておかなければいけません。

●仏壇を決める

父親が亡くなった夜に、親戚といろいろ相談してたのですが、親戚に仏壇屋さんの知り合いがいて、製造元で誠実な人なので、安くて良い仏壇を世話してくれるということなので、来てもらうように頼んであったのですが、翌朝に来てて、俊が銀行や郵便局に行っている間に買う事に決まってました。その時には、仏壇屋さんを紹介してくださった親戚の人も来てくれてました。
最初200万円ということのようでしたが母親が仏壇には150万円しか予定してないと言ったようで、結局150万円で納めていただけるようになりました。

仏壇は当日中に届きました。俊には仏壇の良し悪しは分からないのですが、葬儀屋も含めてみんなが、りっぱな仏壇だと驚いていたので、りっぱな仏壇なのだと思います。
それを仏壇屋さんに言ったら、興奮して、「そうでしょう、これは横安江町のお店だと500万円で売っているくらいの、りっぱな仏壇なんです」と胸をはって言ってました。なんでも、この仏壇はお店を開店するときに飾るため誠心誠意つっくったもので、どこに出しても恥ずかしくない仏壇やと言ってました。

仏壇が届いたので、さっそく僧侶に連絡して仏壇の仏入れをお願いしました。僧侶から花と赤い蝋燭を用意するように言われました。赤い和蝋燭(白い和蝋燭も)は仏壇屋さんが用意してくださっていたので、花屋さんに行って仏壇用の花を買ってきました。

祭壇には普通の蝋燭を使いますが、仏壇には和蝋燭しか使わないようです。

飯椀に盛るご飯ですが、お銚子などを使って山盛りでしっかりぎゅうぎゅう詰めにして盛ります。

僧侶が来て仏壇を見て、配置がちょっと違っていたので、並び替えてくださり、花も普通の仏壇の花ではなく樒(シキミ)か、青木の枝(榊でも可)のことだったようで祭壇に飾ってあった樒(シキミ)を半分仏壇にお供えしました。樒(シキミ)は毒性のある植物で劇薬に指定されているそうです。
仏壇に上卓が不足してると僧侶から指摘がありjました。

結局、仮通夜と仏壇の仏入れが一緒になったのですが、当然のことながら、仏入れは葬儀のお布施とは別ということで、仏壇の仏入れのお布施2万円を包みました。

追伸.
上卓って何であるか全然わからず、仏壇屋さんに聞いてもわからなかったので、後日再び僧侶に聞いたのですが、飯椀を乗せる小さい卓のことでした。後日仏壇屋さんが無料でくださいました。

●葬儀屋が病院に

ほどなく米永さん(葬儀屋)が病院に到着しました。葬儀屋から宗派の確認がありました。一応、浄土真宗の東ですと答えました。
葬儀屋は絹っぽい化繊の布団をかぶせてくれて遺体をストレッチャーで車へ運びました。俊は救急車で病院に来たので葬儀屋の自動車に乗って遺体と一緒に自宅へ帰りました。

自宅について、葬儀屋が葬儀はどこでされますかと聞かれたので葬儀もお願いしますと答えました。

葬儀屋は遺体を3階の座敷まで運んでくださり、その後南無阿弥陀仏の掛け軸も持ってきてくださり、人形のケースに大きい紙を貼り人形を隠し、布団の配置をしてくれました。絹のような化繊の白装束を着せられ、ドライアイスで冷やされました。祭壇の組み立てをして、ろうそくと線香の用意もしてくださり、焼香しました。

親戚が続々と集まり、今後どういうふうにするかを相談しました。

父親の実家のお世話で、僧侶の手配をしていただきました。僧侶は夜中にもかかわらず、おいでになってくださることになりました。

葬儀屋から布団の処分をどうするかと、受付を誰に頼むかなどを考えておいてくださいと言われました。
葬儀屋から葬式の祭壇のクラス(料金など)、参列者の予定人数と葬儀の部屋の大きさ(100人、200人、それ以上)、花の種類などの相談がありました。
また棺おけに入れる故人の思い入れのある品を選んでおくよう、また、おくやみの言葉を考えておくように言われました。祭壇に飾る写真も選んでおくように言われました。病院で渡された死亡証明書を葬儀屋へ渡しました。
それから親戚名簿を渡され、親戚の通夜・葬式・火葬場・中陰の食事での出欠の記入の依頼をされました。会場の大きさとかは、何人の人が参列されるか想像もつかないので、途方にくれましたが、まずは親戚の人がどれくらい参列されるかという事から数えていかないと前に進まないという感じみたいです。

しばらくたって僧侶がおいでになり、葬儀屋の布団の位置が間違っていたので直して、お経をあげてくださり焼香しました。

親戚の方に通夜・葬式・火葬場・中陰の食事での出欠の記入をお願いしました。

とりあえず、当日は親戚は帰宅しました。

亡くなったのが夜なので翌日に通夜は無理ということで、お日柄も考えて通夜は亡くなった2日後の17日にすることになりました。