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2010年01月25日

●葬儀費用の透明化 イオンの葬儀ビジネスへの本格参加

イオンが葬儀ビジネスへの本格参加に向けて葬儀費用について透明な料金体系を導入したところ利用者が順調に増えているようです。
全国平均で葬儀費用が182万4000円であるのに対して類似の条件でイオンが請け負った場合、寺院費用を除いて平均で100万7千円ですむとのことです。
イオンが定めたサービスの提供に同意した葬儀業者と連携し、イオンが一括して利用者からの依頼を受け付け、業者を紹介するというシステムになっているそうです。

2007年01月19日

●米永さんの葬儀の評判は良かった

挨拶回りをして、いろいろ話をしたんですが、米永さんにお願いした葬儀は、とても評判が良かったです。家族や親戚も、本当に職員の人が親切だったと感謝の気持ちでいっぱいで満足していたのですが、列席者の人も、真心の行き届いた対応だったという意見が多かったです。
弔旗なども、ちゃんと片付けて届けていただいたり、葬儀当日は少し雨が降っていたりしていたのですが、参列者が帰る際には自動車のところまで傘を差していただいたり、他では経験したことのない事だったということでした。
祭壇も、そんなに高い料金の祭壇で無かったのに、りっぱな祭壇だと言っていただいたり。
本当に米永さんにお願いして良かったと思いました。

2007年01月18日

●中陰の法要

斎場から葬儀場へ戻ると、今度は中陰の法要があります。中陰の法要は近しい親族と、生前故人と特に親しかった人とで執り行われます。お経があげられご焼香をしました。

中陰の法要が終わって中陰の宴席があります。中陰の宴席の最初に喪主の挨拶があります。
中陰の食事は当然精進料理です。
適当な時間に僧侶の席から挨拶に周ります。
中陰の時には締めの挨拶はないので、適当な時間に、親戚に帰るきっかけをつくって貰います。
中陰の食事が終わったら帰るときに中陰の列席者に残った花や籠盛りの果物を分けて持ち帰ってもらいます。その他にもお土産品を用意しました。
タクシーで帰られる人には、タクシーの運転手にタクシーチケットを配るように葬儀社の人に頼んでおきました。

中陰の参列者が全員帰ったら、葬儀社の事務室に預かっていただいた香典のお金をいただいて帰ります。もちろん遺骨と遺影も持ち帰ります。

葬儀社の人は、余った花や、余った果物、お菓子、香典袋、香典帳などを持ってきてくれます。それから自宅の祭壇の飾りつけもしてくれます。

忌中の紙を玄関に貼ります。

中陰の食事は、なかなか美味しかったです。

●火葬

斎場につくと棺おけを斎場の待合室に運び、僧侶による読経があり、棺おけの周りを右回りに周って最後のお別れをします。
それからいくつか並んでいる火葬炉の中で自分の苗字の書いた火葬炉のほうに運び、火葬します。

火葬が終わるまで70分程度かかりますので、まず骨壷を選びます。大きさや袋のデザインに何種類かのものがあります。あまり大きな骨壷を選ぶと納骨の関係で支障があるということなので、ごく一般的な大きさの骨壷を選びました。骨壷は大きい骨壷と、小さい骨壷がセットになっています。骨壷のお金はその場で支払います。1万円でした。

控え室(ロビー)で火葬が終わるのを待ちます。その間、飲み物を注文し、持参したお菓子をひろげたりしてました。お腹がすくということで葬儀社でおにぎりを用意してくれました(後で請求されてました)。
火葬が終わると、連絡があり、飲み物の会計を済まし(料金は喪主が一括して支払います)、火葬炉の中に入ります。

当然ですが、身体の各部分の骨は、その位置に置かれていますので、焼かれた骨はどの部分の骨か一目瞭然です。

最初に、喪主が喉仏の骨を小さい骨壷に入れます。喉仏の骨の入った小さい骨壷は分納する場合に、その小さい骨壷を寺に預けることになります。必ずしも分骨しなければいけないということではなくて、大きい骨壷と一緒に墓に入れてもかまいません。

喉仏の骨を小さい骨壷に入れた後は、全員で上半身の骨を中心に大きな骨壷に入れます。大きい骨は割って骨壷に入れます。最期に頭蓋骨の綺麗な部分で蓋をします。

遺影と骨壷をもってバスで葬儀場に戻ります。

●出棺

告別式が終わると、会葬者のお帰りの際に菓子盛りのお菓子を会葬者に配ります。
会葬者の人で出棺を見送っていただける方はロビーに待機しています。
出棺する際には、親戚が祭壇の花を棺おけに入れます。この時が遺体を見る最後の時になります。
出棺の時には涙が出て止まりませんでした。本当にどうにかしてしまったような感じです。
棺おけを霊柩車に乗せて、喪主ほか近親者が一緒に乗ります。他の親戚はバスもしくはタクシーに乗って火葬場に同行します。一部の会葬者は残って、出棺を見送っていただきました。出棺を見送っていただいた会葬者は、やっぱり遺族にとっては印象が残るものです。

●告別式

告別式は10:00からはじまりました。親戚以外でお通夜と告別式の両方に列席される方は少ないのですが、それだけにお通夜と告別式の両方に列席していただける人というのはありがたく感じるものです。
僧侶入場の際には親族は起立して一礼をしてお迎えします。
読経、僧侶による焼香の後で、弔辞をする場合は、弔辞が行われ、その次に弔電を読み上げます。弔電は普通は数件だけ内容を読み上げ残りは弔電の差出人の名前だけを読み上げます。弔電の差出人の名前の読み上げは省略する場合もあります。
その後に、焼香が行われます。焼香は喪主から始めてその後、親族、親戚、その他の会葬者の順番に焼香します。焼香の順序は名前を呼ばれてから焼香する場合と座った席順に焼香する場合があります。
焼香の時には左手で数珠をもち最初に僧侶に一礼し、2,3歩前で遺影を正視してから一礼し、焼香台の前に進み出て、数珠を両手にかけて、合掌したあと、右手の親指と人差し指、中指の三本で、香箱の香をつまみ、そのまま、香炉におとします。浄土真宗大谷派(東)の焼香は2回で香を額にかざすことはしません。終わって、ふたたび遺影に合掌し、うしろ下がりに三歩ほどさがってから、席に戻ります。
一般の会葬者は席に戻る際には遺族に一礼します。遺族は会葬者の一礼の際には座ったまま応じます。
焼香が終わると僧侶は退席します。僧侶の退席の際にも遺族は起立して一礼します。
僧侶退席後に遺族からの挨拶があり、閉会の辞が行われ告別式は終わります。

●葬儀のお布施

告別式の30分前には僧侶がおいでますので、僧侶がおいでた時に会場の案内の方が呼びにこられます。葬儀社の方に案内されて、僧侶控え室に行き、3人分のお布施と院号法名料を僧侶に渡します。導師のお布施は15万円で、その他の僧侶にはその半額ずつだと葬儀社の方に聞いていたのですが前日に僧侶から導師に15万円から20万円、その他の僧侶には6万円ずつだということでしたので、導師に17万円、その他の僧侶に6万円ずつ包みました。
この時のお布施は、亡くなってから最初のお経である枕経から仮通夜、通夜、告別式、斎場での法要、告別式の日に行われる中陰の法要までのお布施です。
院号法名料は8万円と僧侶から聞いていたので8万円を包みました。法名料は通常の法名の場合は3万円、院号法名の場合は8万円のようです。
院号法名は白木の位牌に名前を書いてもらって祭壇に飾ります。
浄土真宗の場合は後日に、院号法名を書いた札(紙)をいただけるのですが、その札を掛け軸に装飾して仏壇に掛けておきます。浄土真宗ではその掛け軸(院号法名軸)が位牌となります。

●告別式の朝は忙しい

告別式は葬儀式場で親戚の方々と宿泊したので、葬儀社に朝食を用意してもらいました。
朝食を終えてから告別式までの時間は、することが多く大変です。

朝8:30から司会者との打ち合わせがありました。
前日から電報を預かっていたのですが、電報の読み上げる順番を詳しく決めいなかったので、ちょっと焦りました。結局、政治家の電報は読まないで無視するという俊の希望は受け入られなったのですが、仕事関係の電報を先に読むという事と、政治家も実際に関係のある政治家から読み上げて国会議員の電報は後に読むという事で妥協しました。他の人の告別式で、政治家の電報は読まなく、他の電報も一部だけしか読み上げないという例が結構あるのですが、今回は最初から全部読むのが当然という感じになっていたのが、ちょっと残念でした。
それから、焼香順の確認もありました。こちらのほうは前日に決めておいたので問題無かったのですが、電報と違って香典袋には読み仮名が書いてないので漢字の読み方がわからない人もあったりして、親戚に聞いて周ったりしてました。焼香順は基本となる順番は、お通夜の香典を記入した香典帳をもとに順番を決めるのですが、お通夜においでなくて、告別式においでる方もいますので、告別の受付で香典をいただいた人をどの順番に焼香してもらうか、その都度、司会者に指示しないといけません。その都度司会者は読み上げる台本に付箋をつけたりして読む順番をわかるようにします。
焼香の人を読み上げるのも、お通夜においでた人も、香典を預けて届けてもらった人も、全部名前を読み上げるのが当たり前というような感じで打ち合わせがあったのですが、他の人の告別式では、親戚は全員の名前を、そのほかの人は一部の方だけ読み上げて残りは座席順に焼香してもらう方式をとる例もあります。全員の名前を読み上げると途中参列していない人が続き間延びした感じになってしまうので、一部だけ名前を読み上げるほうが良いと思いました。

告別式には遺族は、早めに待機してないといけないのですが、お通夜と違い、告別式へは、そんなに早くおいでになる方はいません。

前日の通夜での香典は早めに葬儀式場の事務所で預かっていただきます。
当日の告別式の香典も、事務所で預かってもらいます。

●告別式の挨拶

本日はご多忙のところ故人のために御会葬くださいまして、誠にありがとうございました。
故人生前中は皆様より格別な御厚情、御愛顧をいただきまして誠にありがとうございます。

父は、負けん気が強くて仕事熱心な人だったという印象が強いのですが、思い返してみると、若いときはスキーが好きで、よくスキーに連れていってくれました。
その他にも、子供の頃、旅行や遊園地などいろんなところに連れて行ってくれた父でした。
また佐藤先生からアユ釣りを教えていただいてから、アユ釣りに行くのが楽しみになって
アユ釣りの季節には岐阜の宮川や富山の神通川、福井の九頭竜川によく出かけていました。
でも体力に自信が無くなりアユ釣りに行かなくなってから、急に気力が衰え元気でなくなりました。
ここ数年は朝に掃除をして日中には事務所の横の和室で寝ていて、夜にはひとりでお酒を飲んでいる事が多かったです。時々元気なさそうな表情を見せる事もあり、家族として、もっと優しく接してあげられれば良かったのにと思います。

15日月曜日の夕方、父はお風呂に入るため、いつものように、事務所で「あがるよ」って声をかけて
2階にあがり、母親には「はいるよ」って声をかけ、寝室で夫婦の布団を敷いてからお風呂に入りました。いつものように食事の準備をして父がお風呂から上がるのを待っていたのですが、なかなか上がってこないので母がお風呂場に見に行ったところ、父は浴槽のなかですでに心臓が止まっており意識のない状態でした。
救急車で病院に運ばれ一旦蘇生したものの、そのまま意識が戻らず、15日20時28分79歳で、永眠いたしました。
本日、かように盛大なお見送りを受けまして、故人もさぞ満足していることと存じます。
皆様方の故人に対する御厚意を重ねて御礼申し上げますと共に、残された遺族一同にも同様の御厚意を賜りますよう、ひとえにお願い申し上げます。
誠に「そじ」ではございますが、遺族感激の胸中を皆様に「ひれき」して、御礼の挨拶とさせて頂きます

●告別式の挨拶の文を最終的に決めた

夜中にも告別式の挨拶の文を修正してたりしたのですが、あちこち修正したら原稿がぐちゃくちゃになってきたので、自宅に帰って、パソコンで原稿をつくりなおすことにしました。

家に帰って自分の部屋に一人でパソコンに向かって原稿を考えていると、今までの緊張がぷっつり切れたようで、急に涙がでて止まらなくなりました。自分にこんなに涙があったのかと思うくらいです。永い間、涙なんて流すことが無かったので自分の事ながらびっくりしました。

そうこうして告別式の挨拶の文を修正し、プリントして葬儀式場へ戻りました。

葬儀式場に戻ってからは、このブログをつくるために今まで起きたことを整理してノートに書いておきました。このブログはそのメモを元に、記憶をたどって投稿しているものです。

結局、お通夜の夜は一睡もせずに朝を迎えました。
母親から今夜は兄弟で見守りなさいって言われえたので寝てはいけないのかなと思っていたのですが、そいういう意味では無かったようです。見守りなさいと言われて、ただ近くで起きていれば良いのかなと思っていたんですが、線香の種が消えかかっているのを気づかずにいて、親戚が見に来て火種を追加してもらったりして、なんのために起きていたのかって感じだったんですけど。

2007年01月17日

●お通夜が終わって

お通夜が終わって、挨拶とかしてて落ち着くのは20:00過ぎになります。
香典の集計とか香典帳への記帳は、なかなか大変で夜遅くまでかかります。

お通夜が終わると棺おけは控え室に運ばれます。控え室には祭壇が用意されています。蝋燭や線香は火を絶やさないようにしなければいけません。

通夜の日には親戚の多くが控え室に一緒に泊まります。

米永には15畳くらいの和室の控え室が3つあって、1日に1組しか葬儀をしないので全部の部屋を自由に使えます。お風呂もあるし、無料の飲み物自動販売機もあります。歯ブラシもタオルも用意されています。

葬儀式場に頼んでおいた夜食のお寿司とオードブルが用意されてました。お通夜の前には食事をする時間が無いので軽くしておいて、基本的には食事は通夜後になります。お寿司やオードブルはほとんど残ってしまいました。お葬式場の案内の人は遅くまで本当に親身にお世話をしてくださいました。お葬式場の案内の人はその式場専属というわけではなく、葬儀のある米永の各地の式場に、いろいろ周っているのです。毎日通う職場が違い朝早くから夜遅くまでお世話して大変な仕事です。子供は深夜保育のある保育所に預かってもらっているそうですが、式場と保育所の場所が離れている場合など大変みたいです。お寿司やオードブルがたくさん余ったので案内の方に持ち帰っていただきました。

親戚の生け花の費用は金銭の管理者である叔父さんが回収していただいたのですが、そのお金とか香典のお金は控え室の金庫に保管します。金庫といっても小さくて持ち運びできそうな大きさで、誰もいないところに放置しておくのは、ちょっと不用心です。葬儀の間には、葬儀式場で預かってもらうことになります。

お通夜が終わってから、いろいろ決めないといけない事があります。香典帳の記入が終わってから、それをもとに焼香の順番を決めないといけません。名前と住所見てもどういう関係の人か判らない人もいたりしますが、親戚の多くが残っていたので、親戚の人に聞いて、参列者全員がどういう関係の人であるか確認できました。後々のため、どういう関係かわからないひとについては、どういう関係の人か記入しておくと良いです。

その他にも、電報の順番をどうするかとを決めないといけないです。特に政治家(議員)の電報の扱いをどうするかは、いろんな意見があって揉めます。俊は政治家(議員)の電報は無視したかったのですが、反対意見が多くて困りました。

●出棺と通夜

礼服に着替えて、出棺の時間を待ちます。自宅から葬儀場への出棺の予定は16:30だったんですが葬儀社の人が来たのは16:50でした。
棺おけやお供え物は全部、葬儀社の人が運んでくださいました。俊の家の座敷は3階なので結構大変なのです。

葬儀場へついて、葬儀社の式場担当の方から、僧侶さんへの挨拶や、焼香の仕方など、いろいろ説明を受けました。葬儀式場を見てみると仕事関係の花輪がいくつか飾られていました。後からお礼をしないといけないので写真を撮っておきました。

17:30から受付を始めました。18:00には最初の参列者がおいでになりました。
18:00から司会者との打ち合わせが始まりました。

18:30には葬儀式場に着席しなければいけないということですが、参列者が早めにおいでになりましたので早めに着席してました。

金沢のお通夜はお経が始まる前にお焼香を済ませ、遺族に挨拶を済ませておくのが通例なのです。

電報は控え室に届けられ、香典は金銭の管理者である叔父さんのところ(こちらも控え室)に届けられます。届けられた香典は香典記帳用紙に住所、氏名、金額を記入してもらいます。金銭の管理者は実際にある金額と香典記帳用紙の金額の合計が合っているか確認しないといけません。香典とかのお金は葬儀社で管理してくれるわけではなくて、自分たちで管理しなくてはいけません。お通夜の香典は控え室の金庫にいれて保管することになりました。

予定通り19:00からお通夜がはじまりました。僧侶の入場の祭には遺族は立ってお迎えしなくてはいけません。もちろんお辞儀が必要です。

お通夜でのお経について、仏説阿弥陀経と正信偈を唱えるのですが続けて唱える場合や、仏説阿弥陀経と正信偈の途中に僧侶の休憩をとって、その間に、焼香を済ませる場合があります。正信偈は参列者で唱和できる人は一緒に唱和してもらうのですが、正信偈の本を参列者にお預けする場合やそうでない場合があったり、まちまちです。

今回は、仏説阿弥陀経と正信偈を連続して唱えて、正信偈の時には正信偈の本を参列者にお預けして全員で唱和しました。

仏説阿弥陀経と正信偈が終わってから、焼香の終わってない人の焼香がありました。

●告別式の挨拶の言葉を考える

中陰の挨拶は米永さんの例文通りにおこなうことにしました。

告別式の挨拶の内容は自分の気持ちを正直に伝えるものにしようと、いろいろ考えました。
精神状態が正常では無く、1行の言葉すら覚えることができないので、文書化して当日は文を読むことにしました。

告別式の挨拶文を考えていると父とのいろんなことが思い出され自然と涙が流れてきました。子供の頃にいろんなところに連れて行ってもらった時の楽しかった事や感謝の気持ち。父親という存在は息子にとっては、いつも尊敬できる存在でいて欲しいという気持ちがあって、年老いてから酒ばっかり飲んでいる父親を見てついイライラして冷たく接したことについての後悔の気持ちなど、次から次へといろんな気持ちが溢れてきました。

●通夜当日の打ち合わせ

仮通夜から朝まで、母親が遺体につきそっていたのですが、やっぱり、ほとんど寝れなかったようです。俊は、ぐすり眠れました。

通夜の日の朝には、告別式の挨拶の言葉と中陰の言葉を考えました。通夜の挨拶、告別式の挨拶、中陰の挨拶については、葬儀屋さんから例文が渡されていたのですが、中陰の挨拶は例文通りで良いと思うけど、告別式の挨拶については通り一遍の挨拶で済ますのもどうかと思うので自分で文を考える事にしました。

朝から親戚の方が来てくださり、棺おけに入れるものを決めたりしました。父親が釣りが好きなので釣り道具を入れようと思ったのですが、釣り竿はカーボン製なので焼却ができないということで、いろいろ探して釣りの時にかぶる傘帽子と釣りの糸を入れることにしました。最近買ったカーディガンも入れました。父親はお酒が好きだったので、紙パックのお酒も入れました。

お通夜の祭壇には父親が浮きなので箱入りのお酒と釣り竿を飾ることにしました。

生花の籠と、菓子折りの籠と、果物の籠を誰のをどの位置に置くかを決めました。
中陰の食事のテーブルの座席について誰がどの位置に座るかも決めました。中陰の食事には僧侶も席に着きますので、忘れないようにしないといけません。

葬儀屋さんが午前中に来て、菓子籠、生花籠、果物籠の数を注文しました。
菓子籠より果物籠のほうが多かったのですが、果物は中陰の後に、中陰の出席者に配るくらいしか用途がなく4つくらいで良く、菓子籠は告別式に出席した参列者に配るので、菓子籠の数を増やして、果物籠の数を増やしました。また会社関係から生花籠が多く届いたので、親戚の生花籠の数を減らして菓子籠の数を増やしました。

葬儀屋さんから、金沢市の市役所に提出する葬祭費請求用紙を受け取りました。葬祭費請求用紙を提出すると金沢市から5万円の支給があるそうです。

通夜当日も出棺までは平服で良いです。

通夜当日も仕事の電話があり、急用は対応しました。

食事は、もちろん精進料理です。

自宅からの出棺予定は16:30ということでした。

2007年01月16日

●仮通夜

仮通夜は、平服で行います。もちろん仮通夜の日の食事は精進料理です。寿司屋に魚無しの寿司を頼み、お菓子とおつまみを用意しました。

仮通夜にも親戚が大勢きてくださり、いろんな事を相談しました。

中陰の食事まで残ってくださる人の確認し、親戚が出してくださる生花の籠、お菓子の籠、果物の籠の数を確認しました。ちなみに果物の籠盛りは10500円、菓子の籠盛りも10500円、生花の籠は12600円でした。生花の籠はもっと大きな高いのもありましたが統一することにしました。

受付や会計をしてくれる人の分担も決めました。

お通夜と告別式の挨拶を誰がするかも相談しました。お通夜と告別式の挨拶を誰がするかはなかなか決まらず、結局、お通夜の挨拶は弟が、告別式の挨拶は俊がすることになりました。
中陰の挨拶は必ず喪主が行うのですが、通夜と告別式の挨拶は喪主でも良いし、その他の親族、親戚でも良いのです。

仮通夜には、もちろん僧侶のお経もあり全員での正信偈の唱和もしました。

巻き線香と蝋燭の火は常時つけておき、焼香の種火も絶やさない様にしておかなければいけません。

●葬儀社との打ち合わせ

葬儀社がお昼に来て、打ち合わせにきました。最初に決めるのは、会場の大きさと、葬儀の祭壇や花をどの程度のものをするかです。前日はどれくらいの人が参列されるのか検討もつかなかったのですが、親戚の人の人数を調べてみただけで、そこそこの人数が参列することがわかり、100人の会場では狭いということで200人の会場にしました。米永の葬儀場は1日に1組しか葬儀を行わないので、1つの大きな会場を仕切って小さな会場にしたり大きな会場にしたりするようです。そういう訳で中くらいの200人の会場にすることにしました。米永の葬儀場の場合は会場の大きさによって、そんなに料金が違うということでも無いようです。
親戚と相談して、祭壇はそんなにりっぱなものにする必要はないけど、花は多少りっぱにしたほが見栄えが良いということなので、祭壇は最低クラスの80万円のものにしました。
米永さんの場合は会員制(入会金1000円で会費無料)をとっていて俊は会員になっていなかったのですが、最初から会員価格でさせていただきますということでした。ちなみに80万円の祭壇というのは会員価格で一般価格は130万円ということでした。

米永さんの場合は祭壇の料金80万円というのは葬祭の基本料ということで祭壇の貸出料の他に霊柩車、寝台車、棺おけ、額入り写真(標準は白黒だけどカラーにしてくれた)、枕飾り、後飾り。ドライアイス(1回分)、高級仏衣、祭壇盛物、御供え蝋燭、檀花、お別れ花、消耗品セット、司会(通夜・葬儀)、式場看板、案内立て看板、役所手続き代行、式場奉仕係、駐車場係、町会の送迎バスが含まれます。

会館使用料は別途かかり会員価格15万円(一般価格25万円)です。

祭壇生花は30万円のをお願いしました。30万円の生花はクラスとしてはそんなに高いクラスではないんですが、米永さんが30万円のでも結構りっぱだというのでそのようにお願いしました。花は白色と黄色だけの花にするか、華やかな色の花も混ぜるか聞かれたのですが、華やかな色の花を使うことも多いというので、華やかな色の花をお願いしました。

通夜や告別式の僧侶は3人で勤めていただくことにしました。金沢では3人が一般的ということのようです。

火葬場へのバス往復の料金は別途47250円かかります。

追加のドライアイス料も別途5000円程度かかる場合もあります。

葬儀のほとんどの費用は、後ほど葬儀社から請求書がきてから支払いするのですが、斎場の費用は先に葬儀社に支払わないといけません。斎場の費用は地域によって料金が違いますが、金沢の場合は、火葬炉使用許可申請書5000円、斎場待合室使用許可申請料5000円、霊柩車運転手寸志5000円、寝台車運転手寸志、バス運転手寸志3000円(タクシーを使う場合はタクシー運転手寸志2000円、納棺係寸志10000円、布団を処分する場合は布団処分料5000円の合計33000円を葬儀社に預けました。
その他に、斎場で骨壷の料金10000円程度、斎場のロビーでの飲み物代は、火葬の際に自分で支払わなければいけません。

●父が亡くなった翌日に各方面に連絡

父親が亡くなった日、母親は一睡もしないで父親を見守っていたようです。

俊は、疲れてしまっていて、ぐっすり眠りました。

翌朝、普通に会社の事務所をあけて、まずは、仕事上の関係が深い会社に社長である父親が亡くなったことを、通夜と葬式の予定も含めてFAXで連絡しました。

町会の会長にも父親が亡くなった事を連絡し、通夜と葬式の予定を伝えました。

急ぎの仕事も済ませました。

●葬儀の写真

親戚が帰ってから、祭壇に飾る父の写真を選びました。写真を選んでいると父親が元気なころの事が思い出されて初めて悲しみを感じました。父が亡くなったのは、あまりにも突然で次から次へと決めなければいけないことがあって全く気持ちの余裕が無かったんです。

父親はあまり写真を撮られることが好きでは無かったようで、最近撮った父親の写真が少なくてなかなか良い写真が見つかりませんでした。親戚の結婚式での写真で良い顔の写真があったんだけど、顔が小さくしか写ってないしネクタイも白だし無理だろうと思っていたんですが、写真はくっきりと写っていれば、小さくても大丈夫なんだそうです。背景はコンピューターで消しますし、ネクタイの色も修正できるので、おめでたい席での写真でも対応できるということでした。おかげで良い表情の写真を使えることになりました。

ちなみに写真代は葬儀の基本料に含まれています。

●葬儀屋が病院に

ほどなく米永さん(葬儀屋)が病院に到着しました。葬儀屋から宗派の確認がありました。一応、浄土真宗の東ですと答えました。
葬儀屋は絹っぽい化繊の布団をかぶせてくれて遺体をストレッチャーで車へ運びました。俊は救急車で病院に来たので葬儀屋の自動車に乗って遺体と一緒に自宅へ帰りました。

自宅について、葬儀屋が葬儀はどこでされますかと聞かれたので葬儀もお願いしますと答えました。

葬儀屋は遺体を3階の座敷まで運んでくださり、その後南無阿弥陀仏の掛け軸も持ってきてくださり、人形のケースに大きい紙を貼り人形を隠し、布団の配置をしてくれました。絹のような化繊の白装束を着せられ、ドライアイスで冷やされました。祭壇の組み立てをして、ろうそくと線香の用意もしてくださり、焼香しました。

親戚が続々と集まり、今後どういうふうにするかを相談しました。

父親の実家のお世話で、僧侶の手配をしていただきました。僧侶は夜中にもかかわらず、おいでになってくださることになりました。

葬儀屋から布団の処分をどうするかと、受付を誰に頼むかなどを考えておいてくださいと言われました。
葬儀屋から葬式の祭壇のクラス(料金など)、参列者の予定人数と葬儀の部屋の大きさ(100人、200人、それ以上)、花の種類などの相談がありました。
また棺おけに入れる故人の思い入れのある品を選んでおくよう、また、おくやみの言葉を考えておくように言われました。祭壇に飾る写真も選んでおくように言われました。病院で渡された死亡証明書を葬儀屋へ渡しました。
それから親戚名簿を渡され、親戚の通夜・葬式・火葬場・中陰の食事での出欠の記入の依頼をされました。会場の大きさとかは、何人の人が参列されるか想像もつかないので、途方にくれましたが、まずは親戚の人がどれくらい参列されるかという事から数えていかないと前に進まないという感じみたいです。

しばらくたって僧侶がおいでになり、葬儀屋の布団の位置が間違っていたので直して、お経をあげてくださり焼香しました。

親戚の方に通夜・葬式・火葬場・中陰の食事での出欠の記入をお願いしました。

とりあえず、当日は親戚は帰宅しました。

亡くなったのが夜なので翌日に通夜は無理ということで、お日柄も考えて通夜は亡くなった2日後の17日にすることになりました。

●葬儀屋を決める

看護婦さんから、葬儀屋をどうするか相談されました。
病院の病室ごとに契約した葬儀屋さん(一休さんの米永)が決まっているけど、遺族の方でどこの葬儀屋を使うか希望があれば別にこだわらないとのことでした。
ただ病室と契約した葬儀屋以外の葬儀屋を使う場合は自分で連絡する必要があるということでした。
ちなみに父が亡くなった県立中央病院では各病室ごとに定期的に順番に葬儀社が入れ替わって公平を保っているそうです。

父親の死が急死で原因がはっきりしないということなので警察の検証が必要という事で警察の検死が行われました。死亡した浴槽の検証も必要ということで母親と警察が先に自宅に帰ることになりました。警察の事情聴取は結構時間が長かったようです。

警察の検死が終わって病院で父親の遺体をきれいにしてもらい裸で運ばれたので病院の浴衣を着せてもらいました。看護婦さんという仕事は本当に大変な仕事です。ちなみに亡くなった人の体を綺麗にしたり、つめものをしてくれたり最後のお世話をする役目をエンゼルというそうです。

病室と契約した葬儀屋は自宅から一番近い葬儀屋ではなかったのでどうしようか、かなり迷いました。
葬儀屋は、あくまでも病院から自宅に遺体を運ぶだけの請負で必ずしもその葬儀屋の式場を使わなくてはいけないという訳ではないようでしたが、やっぱり遺体を運んでいただいた葬儀屋に葬式を任せたいと思ったのです。米永さんはリーズナブルに葬儀をしてくれるというのは聞いていましたが、米永さんの葬儀場の場所も知らなかったし場所だけいえば金沢駅近くの葬儀社のほうが交通の便が良いと思っていたので、すぐには決めることが出来ませんでした。

母親が母方の親戚に連絡してから再び病院に戻ってきました。

父方の親戚が全員、病院に揃いました。

弟が自宅で遺体を迎える準備のため息子と娘を自宅に連れて行きました。

親戚と母親で相談して、最終的には、葬儀屋を病室と契約した米永さんに頼むことにしました。
病院から連絡をとってもらいました。