金沢お葬式情報 父親の葬儀

父親が亡くなって,なにも知らないなかで葬儀に関わった記録です

父親が亡くなった

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2007年1月15日

夕方お風呂が沸いたということで父親が事務所で「もう上がるよ」って声をかけてお風呂のある2回に上がっていった。
父親がお風呂から上がると夕食なので、そろそろかなと思い事務所を閉めて茶の間に上がりました。
食事の用意ができてたんだけど、父親がまだお風呂からあがってこなくて、最近父親のお風呂が長いねって話をしながら待っていました。
しばらく、そのまま待ってたんだけど、あまりにも遅いので母親が見にいきました。突然大声が聞こえて、あわてて行ったら尋常な様子ではなくて、とりあえず父親をお風呂の湯船から出して、人工呼吸をしながら、父親の体を拭いて毛布をかけて息子に救急車を呼ぶように指示しました。父親を見ると無表情で動かなくて、とても生きてるようには見えなかったので脈を診ると頻脈があったので、まだ生きてると思い、息子と2人で人工呼吸を続けて救急車の来るのを待ちました。
ほどなく救急車がきて人工呼吸や除細動器などの処置をしてたんだけど、心停止状況だと言われました。それでも人工呼吸を続けて状況を聞かれたりしたんですが、母親の説明してるのを聞いて初めて父親が浴槽に沈んでいたことを知りました。
病院に運ぶということで1人同行してほしいと言われ俊が救急車に同行しました。
娘が学校から帰宅してなくて携帯電話でも連絡がつかず妻は所用で県外から戻る途中で連絡がつかないので母親は息子と一緒に娘が帰宅するまで自宅で待機することにしました。
救急車の中では人工呼吸が続けられお腹の水の吸引をしたんだけど、そんなに水を飲み込んでなかったようで、少量の水しか吸引できませんでした。
病院の救急部に運ばれて待合室で待機するようにということでした。とりあえず弟にすぐに病院に来るように連絡しました。

看護婦さんから、身内の者を呼んでおいたほうが良いとのことでしたので、自宅に連絡し母親に病院に来るように連絡しました。娘がまだ帰宅してなく連絡もつかなかったので、1人でタクシーで病院に来ることになりました。

救急部の看護士に呼ばれて中に入ると父は人工呼吸器がつけられていて、脈は回復したけど、体が回復する見込みは無いと言われました。モニターの心臓の波形は人工的な波形で、呼吸も人工呼吸での波形で自発的な呼吸ではなく血圧が下がってきているとのことでした。

血圧が下がって、医師から延命治療はどうするか聞かれたので、母親と弟が来るまでは息があって欲しいけど、不自然な延命処置は希望していないと答えました。

母親が病院に来たので今までの詳しい状況を説明しました。
母親が父方の親戚に連絡をとりました。

かなりしてから弟が来て、母親と弟と相談して、最終的に延命処置をしないことに決めました。

しばらくして、親戚のおばさんが来ました。

娘が帰宅したということなので、弟が息子と娘を迎えに行ってくれました。

父が亡くなった原因がはっきりしないということで、頭部のCT検査をしました。

CT検査の時に、弟が息子と娘を連れてきました。

その後集中治療室に運ばれました。

ほどなく父は意識が回復することなく家族に看取られて亡くなりました。

コメント(3)

五十嵐恭子 返信

 私も同じです。
父は約3年前に脳梗塞で倒れたのですが、その前から少し悪い兆候はあったようなのです。
でも、それからはずっとほとんど話すこともなく、食べ物も鼻からや胃ろうでとっていました。
今回の肺炎も微熱程度で今までも何回となく、乗り越えてきた父だっただけに余り気にすることもなく、危篤の知らせが病院から来てから、駆け付けたという情けなさです。
 でも、何度か話せない父が私の心に直接言葉を伝えていたような気がします。親子ですね。

返信

親が亡くなるって事は言葉で言い表せない悲しみです。漠然と,親はずっと生きているものだと思ってました。

五十嵐恭子 返信

初めまして、今年7月16日に肺炎で父を亡くした、金沢生まれ金沢育ち金沢で嫁いで2児の母親の恭子と申します。
 まだ3週間しか経っていないので、余りいろいろな事を客観的に考えることが出来ていませんが。
あなた様の「父親が亡くなって,なにも知らないなかで葬儀に関わった記録です」に触発されて、自分も記録を残したいと思って今までの出来事を記録して、後々考える時の参考にしたいと思った次第です。

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