金沢お葬式情報 父親の葬儀

父親が亡くなって,なにも知らないなかで葬儀に関わった記録です

お寺から封書が送られてきた

2016年9月15日

今日、月命日のお参りの日だったので、檀家でないということと、檀家にだけは絶対ならないという意思表示をしました。

2016年8月30日

月命日のお参りに来ているお寺から封書が送られてきました。お寺から封書が送られてくる事なんてないので、お金の無心かなあと思ったら案の定でした。
「親鸞聖人7百五十回御遠忌・庫裏及び境内大規模修繕、内陣整備等懇志」のお願いということで、総額2900万円、門徒1軒あたり¥75,000円(15,000円×5年)ということです。
その他に特別永大経志で30万円以上のお願いというのも入っていました。こちらのほうは強制ではないようで納めると内陣の欄間裏に記名するということです。

2900万円の内訳は法要費¥7,500,000円、別院御依頼¥2,550,400円、庫裏及び境内大規模修繕¥11,988,000円、本堂欄間整備費¥6,962,600円ということです。

報恩講のお布施1万円、寺の維持費6千円(年額)、月命日のお布施(月額2千円)程度は、つきあいでさせていただいていますが、檀家でもないし、浄土真宗の信者でもないのに「親鸞聖人7百五十回御遠忌・庫裏及び境内大規模修繕、内陣整備等懇志」まで付き合わされたのではたまりません。謹んでお断りしようと思います。
今の時代、檀家として支えなければいけないお寺を持たないという事は、大いなる特権だと思っているので、父親が亡くなられてからも、檀家にだけは絶対にならないと思ってきました。そういう距離感でお寺とも付き合ってきたので、それは今後も変わりません。子供や孫など子孫に対して、そういう負担を押し付けないという事は、ある意味義務でもあると思います。

日本って、墓参りや葬式で仏教とかかわり、クリスマスでキリスト教とかかわり、初詣などで神社とかかわり、イスラム音楽を楽しんだり、そういう無節制なところが良いのだと思うんです。宗教の違いによって争うことも無いし、そういう面で平和で良いです。
もちろん、本気で宗教にかかわっている人については、それはその人その人なので別に否定するのものではないですけど。

寺町のお寺が仏像を捨てた

今日の朝刊で、金沢市寺町の法華宗陣門流実成寺で、仏像をまとめて廃棄しようと思ったけど、他の仏像と較べて丁寧に彫られて、像の底にただし書きがあった仏像があったので、石川県立歴史博物館の学芸主事に見てもらったところ、有名な仏師(金沢の仏師松井乗)が製作した「日蓮聖人座像」と「多宝如来、釈迦如来が鎮座する一塔両尊座像」であることが分かったということで仏像と一緒に写った住職の写真がでかでかと掲載されていました。

それにしても、お寺が日蓮聖人、多宝如来、釈迦如来の仏像を廃棄しようとするなんて、なんて恥知らずな事だと思いました。よくも恥ずかしげもなく新聞に掲載されることを了承したもんだと呆れるばかりです。

墓地に無許可で納骨堂で裁判沙汰

真宗大谷派浄光寺(米泉町)が額谷町の墓地「額菩提樹苑」に設置した納骨堂が金沢市に無許可だった事で、納骨堂を設置した管理会社(真宗大谷派浄光寺の檀家)と真宗大谷派浄光寺の間で裁判沙汰になっているとの記事が掲載されていました。
何より驚いたのは、山の中の納骨堂で数十柱の遺体が安置されていて、墓地使用者から今年度の管理料約300万円を受け取っていたということなので、年間10万円程度の管理料がかかるってことなのかなあ? 今年度の管理料というのだから、最初に一括して支払う費用って事はないですよね。
ネットで調べると、一般墓地の永大使用料が区画面積1㎡で12万円(実際には4㎡程度なので4倍)から、年間管理料5000円になっているから、300万円は墓地全体の管理料なのかなあ?
どちらにせよお寺の内輪もめが裁判になるなんて世も末です。

蓮覚寺で蝋燭で灯したキリコを見てきました

今日は、新盆の最終日という事で蝋燭で灯したキリコを見てきました。
卯辰山山麓寺院群の日蓮宗のお寺(蓮覚寺、妙応寺、円光寺、長久寺など)では7月16日の送り火の時に、先祖さまに灯りをさしあげ霊をお送りするため、キリコにロウソクを灯しお経をあげて墓地を周るという風習が残っています。
ちょっと早めに着いたので、卯辰山山麓寺院群を散策しました。あちこちで、いろんな調子のお経が聞こえました。
ほとんどの墓地では、キリコは板状のものがほとんどでした。
蓮覚寺、妙応寺、長久寺は、箱状の昔ながらのキリコがほとんどでした。
蓮覚寺では、事前にロウソクが入れられたキリコを、19:00から、住職が1つ1つ灯し始めます。19:30には、また1つ1つ消していました。19:00だとこの時期はまだ明るいので、19:30ぎりぎりの時間が最も美しかったです。
妙應寺(妙応寺)や円光寺では19:20からキリコを灯し始め、お経を上げながら墓地を周っていました。

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親戚の葬儀

昨日、今日と親戚の葬儀がありました。葬儀社は紫雲閣でした。紫雲閣って印象が悪いんですよね。

今回の葬儀は、告別式(葬式)が友引でした。自分は、気にしないほうですが、気にする人は気にするんですよね。参列の親戚が、友引の告別式(葬式)は、友を引き寄せるという事で縁起が悪いので、友引人形を棺の中に入れておいたほうが良いと言うのです。喪主が、紫雲閣の担当者に相談すると、今はそんな事を気にする人はいないので大丈夫だと言ったそうです。
そんな事を気にする人はいないと言われても、実際に親戚の人が気にしてるので大丈夫と言われても困るよね。友引に告別式(葬式)をした事と関係なくても、しばらくして参列者が偶然亡くなられたりしたら、やっぱり友引に告別式(葬式)をしたのに友引人形を入れなかったからだと言われたら嫌ですよね。
ネットで調べたら、地域によっては友引人形という風習が実際にあるという事でした。
喪主が友引人形を入れて下さいと頼んだということでしたが、熊のぬいぐるみが入れられていました。指摘した親戚の人は呆れていました。

翌日、告別式(葬式)に出られた故人と同年齢の御高齢の人が、他人事ではないのでという事で、会場を見学したり、紫雲閣の担当者に質問をしたりしていたそうです。その時、家族葬ってどういう葬儀なのですかと紫雲閣の担当者に聞いたら、今回の葬儀が家族葬ですと答えていたそうです。
参列者は少なかったし、規模も小さかったのですが、新聞のお悔やみ欄にも通夜前に掲載し、町会にも回覧板をまわし、ごく普通に葬儀していたのに、それを家族葬だと断言するのはどうかと思います。
いくら、紫雲閣では家族葬をやっていないからと言って嘘は良くないですよね。

またしても紫雲閣のイメージが悪くなりました。

だれが墓を守るのか

だれが墓を守るのか 小谷みどり著を読んでみました。
全国平均で火葬が50%を越えたのは1935年(昭和10年)で一般的(○○家の墓)な墓が建立され始まるのは、せいぜい明治時代の終わり以降ということです。1970年でも20.8%が土葬されていたそうです。
つまり墓という物は、宗教的には根拠が無く一種の流行のようなものだと考えられます。
核家族化が進展し、子々孫々で墓を継承するという社会的環境が失われ、無縁墓が増加しているのが現状のようです。
2011年の人口移動調査によると、居住地が出生地と同じ人は10.7%だったそうです。
家族みんなで墓参りに行くにも交通費や宿泊費がかかり、墓が傾斜地にあると年をとると墓まで歩くのも負担だし、草むしりや墓掃除のも重労働になる。
一度、墓を建てれば、墓を片付けたい(墓じまい)するにも多大な費用がかかるし、墓を継承する子供の負担を考えて、お墓を建てないことを選択する人が増えているようです。
1990年に総理府が実施した「墓地に関する世論調査」では共同参拝墓地をどう思うかの質問に対し、墓地としてふさわしくないと回答した人が42.6%だったものが1998年の20歳以上の男女を対象にした墓地に関する意識調査では、ふさわしくないと回答した人は14.6%だったようです。
散骨についても1990年に総理府が実施した「墓地に関する世論調査」では認めるべきではないという回答が56.7%でしたが、1998年の20歳以上の男女を対象にした墓地に関する意識調査では、好ましくないという回答が14.7%だったそうです。
宗教学者の島田裕巳氏は、遺族が火葬場から遺骨を引き取らない選択をゼロ葬と呼び、これこそが墓を建てる、守るといった心理的負担、金銭的負担から開放される手段だと主張し注目を集めたそうです。

アマゾンがお坊さんをネット宅配

インターネットで僧侶の派遣を定額で受け付ける事業を展開するみんれび(東京都)が一周忌などの法要の際に読経を行う僧侶の手配を3万5000円で受け付ける「お坊さん便」をアマゾンのサイト内で行うそうです。
浄土宗、真言宗、曹洞宗、臨済宗、天台宗、浄土真宗、日蓮宗の7宗派の全国の僧侶約400人が手配に基づいて読経などを行うそうです
「お坊さん便」は事前予約が可能な一周忌などに限定で法要予定日の5カ月前から2週間前までに予約が必要ということです。

月刊北国アクタスに「終活」についての記事

月刊北国アクタス2015年10月号で「終活」に関する特集記事が掲載されていました。
墓を建てないという選択をする人が増えているという事で、永代供養墓や納骨堂として金沢の法句寺が紹介されていて50回忌まで保証してくれ料金が50万円前後だそうです。
少子化や核家族化によって、墓の守り手がいなくなったり、子供達に墓の守り手としての負担をかけたくないとの事で、最近では現在ある墓を費用をかけて「墓じまい」して、永代供養墓や納骨堂に移す例も多いそうです。
高岡市の日蓮宗大法寺では、ゆうパックで送られた遺骨を永代供養墓に葬るサービスを行っているそうです。
小松市の真宗大谷派本光寺では、行き場の無い遺骨を無償で弔う事も行っているそうです。
内灘町では2016年に、公営の納骨堂をオープンするそうです。
お墓って、もともとあった習慣でもなく、歴史もそれほどあるものでもなく流行みたいなものなので、必須の物という訳ではないので、、公営の納骨堂があれば、それが一番理想的なような気がします。

最近、一般的な葬儀を行わない葬儀が増えてきているとは聞いていたけど、金沢でも約4割が家族葬などになっているそうです。
家族葬などの場合は、通夜や葬儀の日時・場所を知らせる必要がないため新聞掲載をしないのが一般的とのことで、2012年ごろから、おくやみ欄の掲載数が急減しているそうです。

お墓、葬式、戒名は本当に必要か

お墓、葬式、戒名は本当に必要か/ひろさちや著 を読んでみました。

現在における冠婚葬祭といった習慣は一種の流行で、定着したのは戦後になってからだそうです。

2014年の調査によると、関東地方では22.3%が火葬場での直葬になっているそうです。

平安時代末期から鎌倉時代の法然や親鸞は、「南無阿弥陀仏」と称えるだけで、誰もが極楽世界にできると教えています。ちなみに親鸞は自分が死んだら賀茂川に流して魚の餌とせよと遺言しているそうです。
つまり仏教においてはお葬式ははしなくてもよく、それが仏教の教えなんだそうです。

仏教においては、元々、葬式という概念は無く、神道においての行事だったのだそうです。神道について、葬式は死者の霊魂をホトケにするためのものだったそうです。
33回忌、50回忌という概念も神道のもので、この世に対する執念をもった霊魂は荒御霊(ホトケ)であり、荒御霊に鎮魂儀礼を施すことにより、落ち着いた柔和な和御霊(カミ)になるそうですが、荒御霊が和御霊になるためには33年から50年かかるといところから来ているそうです。つまり仏教とはなんの関係も無いそうです。

四十九日は、インドにおいて、輪廻転生の考え方から、死者は四十九日で再生するので死者への追悼を四十九日で打ち切るという風習から、神道が影響を受けて四十九日が特別な日になったそうです。そういう訳で、インドにおいては四十九日が過ぎると、死者への追悼はしないそうです。

3回忌は儒教では父母のために子は3年間(足掛け3年なので25ヶ月)喪に服さねばならないとされるところからきているそうです。

お盆も神道の行事で、1960年ごろまでは浄土真宗においてはお盆の行事は行わなかったそうです。
ちなみに、お盆に帰ってくるのはカミになっていないホトケの段階での霊だけだそうです。

火葬が普及したのは1980年代以降  火葬は元々インド人がやっていたもので、焼け残った骨すべてをガンジス河に流していて、火葬をして骨を墓に埋葬するのは日本だけの特異な葬法ということです。

墓は、死体を埋葬したあと、そこに大きな石を重しとして置いて、死体が墓穴から出てこないようにしたものが起源だそうです。

現在のように、仏教が葬式仏教になってしまったのは、キリシタン対策のために江戸時代に導入された寺請制度(檀家制度)の影響だということです。寺請制度(檀家制度)によって、檀家のお布施が義務になって、信仰の布教が必要なくなり、菩提寺を粗末に扱っていると宗門人別改帳に請印捺さないと圧力をかけたりすることになったりしたそうです。しまいには、仏教寺院が「御条目宗門檀那請合之掟」を偽作して、寺の行寺に参加すること、寺の雑役・修理・建立をつとめること、葬式には檀那寺の差図を受けること、死者に剃刀を与え、戒名をつける際は、住持が死相をよく見届けた上で引導を渡すこと、中陰・年忌・命日あるいは先祖供養を怠らないことなどの「掟」を細々と規定して、お寺の収入を増やしていったそうです。
もともと江戸時代以前の庶民は、年忌法要はやっていなかったそうです。このようにして、年忌法要は江戸時代に寺院が金儲けのために始まったそうです。

寺院消滅

寺院消滅(鵜飼秀徳著)を読みました。
現在、全国に約7万7千の寺院があり、その内住職がいない無住寺院は約2万に達していて、宗教活動を停止した不活動寺院は2千以上あるとのことです。
不活動寺院を廃寺にしようとしても、お寺は通常独立した個々の宗教法人なので、手続きが大変のようです。住職や寺の責任者、檀家総代、寺族の所在の確認をしての手続きが必要で、そのうえ解体費用がかかるので、そう簡単にはいかないそうです。
そもそも、今のようにお寺が尊敬されない存在になった最初のきっかけは、江戸時代の寺請制度だということです。寺請制度は、地域の寺の檀家になることを強制し、寺は宗門人別改帳を通じて、檀家の管理・監視することによって国家の内部統治に協力したということです。
でも江戸時代後期から明治9年頃にかけて、廃物毀釈により仏教弾圧が行われ、多くの寺院が廃寺になり仏像などが破壊されたそうです。これにより仏教の弱体化が図られたそうです。
明治5年に「自今僧侶肉食妻帯蓄髪等可為勝手事」があり、僧侶の「肉を食べる・妻をめとる・髪を生やす」ことを解禁し、住職の世襲も明治以降認められるようになっていき、僧侶の世俗化が図られ、僧侶が尊敬の対象ではなくなっていくことになったようです。
その後、過去の戦争について、不殺生戒を真っ先に守らなければいけない立場の僧侶が、大東亜戦争に反対するどころか、多くの宗派ではゼロ戦や軍艦を国に寄付したり、戦争協力を申し出たりして戦争に加担したことにより、国民の信頼を失ったようです。
それに加えて、戦後のGHQが指導した「農地改革」により地主として多くの土地を小作に貸していた寺院所有の農地が失われ、安定した収入が失われ、寺院の弱体化が決定付けられたようです。

お寺が専業で食べていくには檀家が200軒以上ないと難しいそうです。
葬儀のお布施は地域によって随分違うようで、東京は極めて高く50万円、京阪神や名古屋は20万円から30万円、地方都市だと10万円、地域によっては3万円から5万円というところもあるようです。
檀家が少なく収入が少ない寺院も宗に収める冥加金は結構な高額で、お寺も、いろいろと大変なようです。